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【私の失敗(3)】長嶋一茂、ノムさんの説教もきかず…助言でノイローゼに

【私の失敗(3)】

長嶋一茂、ノムさんの説教もきかず…助言でノイローゼに

特集:
私の失敗
ヤクルト時代の1991年にベンチで野村監督から注意を受ける長嶋 

ヤクルト時代の1991年にベンチで野村監督から注意を受ける長嶋 【拡大】

 ヤクルト時代の監督だった野村(克也)さんは、テレビや講演会で俺のことをよくネタにしている。「あいつはミーティング中、ノートに漫画を描いていた」ってね。

 否定はしないよ。野村さんには3時間ぐらいぶっ通しで説教されたこともあったし、嫌な思いもさせられたけど、怒りや憎しみの感情はない。当時の問題の原因は、だれの指導や助言にも耳を傾けなくなっていた自分自身にあったからね。

 俺は周囲の人が助言したくなるタイプなんだと思う。ありがたいことなんだけど、どんな金言でも消化吸収できなければ意味がない。栄養のある食べものでも、詰め込みすぎたら、腹をこわすのと一緒。助言のフォアグラ状態になっていた。

 監督やコーチ、評論家だけじゃない。プロ入り後、オヤジと俺の写真を持ってきたカメラマンから、打撃フォームの違いを10項目も指摘されたこともある。もう、うんざり。助言の良しあしなんて、どうでもよくなる。放っておいてくれ、と受け付けなくなった。

 考えてみてほしい。素晴らしい本を読んだ後、普段の生活に生かそうと思っても、せいぜい3つか4つが限度だよ。それをバッティングだけで毎日やらされる。成績も残せないから悪循環に陥り、心と体がパニックを起こした。

 「コーチをぶん殴ってユニホームを脱いでやる」とまで思い詰め、毎晩飲む酒の量が増えた。「ベーブ・ルースの精霊が降りてきて、ホームランを打てるようにしてくれるんじゃないか」という空想もした。プロの野球選手が考えるようなことじゃない。ノイローゼ状態になっていた。

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  • 長嶋は1992年に米国へ野球留学。ベロビーチ・ドジャースでプレーした