2015.12.23 11:00(1/2ページ)

【私の失敗(2)】小早川毅彦、全国のスポーツ紙1面飾った「赤痢感染」

【私の失敗(2)】

小早川毅彦、全国のスポーツ紙1面飾った「赤痢感染」

特集:
私の失敗
プロ3年目の1986年、西武との日本シリーズ第1戦で東尾修から右越え本塁打を放つ

プロ3年目の1986年、西武との日本シリーズ第1戦で東尾修から右越え本塁打を放つ【拡大】

 本音をいえば、こんなことで「有名人」になりたくなかった。中国地方どころか、全国のスポーツ紙の1面を飾ったのが『小早川、赤痢感染!!』だった。

 かつての法定伝染病。いまの時代に症例を報じられることはめったにないが、私はその病に襲われた。今でも「あれはなんだったの?」という感じで振り返るしかない。

 広島に入団して5年目の1988年、沖縄・具志川市(現うるま市)で自主トレを行っていた。何となく体調がおかしくなり、熱が出てきた。やがて40度近くに達し、下痢も併発。「やばい…」。汚い話で大変申し訳ないが、15分おきにトイレへ駆け込むような状況だった。

 病院での診断は、衝撃の「赤痢」。その後、大騒動に発展した。病院はすぐに閉鎖され、私は隔離病棟に収容された。白衣を着た市の職員がやってきて、具合が悪い私に「どこで、何を食べたのか?」などと事情聴取が始まった。

 それだけではない。沖縄入りする前に自主トレを行っていた広島市の職員まで空路、沖縄入り。「あんた、なにをやっとるんじゃあ!!」と激しく責め立てられ、治るものも治らないような状況に追い込まれた。

【続きを読む】

  • 「赤痢で隔離」を伝える88年1月26日付サンケイスポーツ1面