2015.12.18 08:00(2/6ページ)

【特命記者】山田哲人の知られざる少年時代

【特命記者】

山田哲人の知られざる少年時代

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帰ってきた 特命記者
山田(左)と宝塚リトルの李相鎬監督

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★出会いは最悪

 山田が野球を始めたのは小学2年の5月。友達に誘われたのがきっかけだった。

 兵庫・宝塚リトル時代の監督、李相鎬(そうこう)さん(58)が懐かしそうに口を開いた。

 「最初は球がバットに当たらないし、技術的な難しさを感じたんでしょう。『もう、野球はしない』と言って(自宅に)帰っちゃったんですよ」

 山田は1992年7月16日に兵庫・豊岡市で生まれ、その後西宮、宝塚市に移り住んだ。小学校に入る前に幼児体操や空手を習い、運動神経は抜群。小1で参加した地元のサッカーチームでゴールを量産した。しかし…。

 李さんは「運動に自信があったと思う。でも野球は打つ、走る、守る。いろいろな要素がありますよね」。兵庫県警に勤務し、報徳学園高時代に少林寺拳法(演武)の全国大会で優勝経験がある父・知規(とものり)さん(57)も覚えていた。「(監督から)いきなり『哲人!』と呼ばれ、ビックリしたのかも」。経験したことのない環境に戸惑いを隠せなかった。

 それでも、負けん気は強かった。うまくプレーできず、逆に興味が湧いた。1週間後、宝塚リトルに入団。最初は涙を流す日が多かったが、知規さんは「悔し泣き。真剣に野球をやっていた」と述懐した。

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  • ヤクルト・山田哲人