2015.11.24 10:00(2/6ページ)

【阪神再建に挑んだ男たち】「よき敗者」中西太、ブレイザー監督途中退陣…緊急避難で後任に

【阪神再建に挑んだ男たち】

「よき敗者」中西太、ブレイザー監督途中退陣…緊急避難で後任に

80年のワンシーン。シーズン途中に就任した中西監督(右)は岡田(左)の育成に力を注いだ

80年のワンシーン。シーズン途中に就任した中西監督(右)は岡田(左)の育成に力を注いだ【拡大】

 そもそも「阪神はどうにもならん。たのむぞ」と電鉄社長田中隆造直々の命をうけて球団にのりこんできた本社専務小津正次郎は、自身も学生時代に三塁手の経験があり、いささか張り切りすぎた。

 ブルドーザー社長とよばれて一気呵成に改革をする機運に自己陶酔していた。

 「外国人監督」の採用なんてのは斬新だけど相手をみないと…。ブレイザー=円内上=は南海で野村克也に「野球は両耳の間(脳)で戦われるもの」とシンキング(考える)を基本に主張し、あの野村が感銘した。それはそれでいいが、筆者はブレイザー監督の1年目(1979年)のオフにカナダ・トロントのウインター・ミーティングの取材にいった時、会場のホテルで廊下トンビ(廊下をウロチョロして手当たり次第にいい選手いない? とウノ目タカの目)のブレイザーに失望した。なんだあんまり大リーグに顔が効かないじゃないか…。

 その年のドラフトで阪神は早大の岡田彰布を引き当てた。それでブレイザーに「岡田をどう使う?」としつこく聞いたがナマ返事ばかり…嫌な予感は当たった。

 実はブレイザーは即戦力の二塁手を必死で探していて、岡田なんか眼中になかったのだ。

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