2015.10.17 05:02(2/2ページ)

阪神・八木Cが退団「1軍を助けられなくて悔いが残っている」

阪神・八木Cが退団「1軍を助けられなくて悔いが残っている」

特集:
移籍・退団・引退
退団が決まった八木2軍打撃チーフコーチ。若手育成に尽力した

退団が決まった八木2軍打撃チーフコーチ。若手育成に尽力した【拡大】

 みやざきフェニックス・リーグに帯同していた八木コーチはこの日、帰阪し、西宮市内のホテルで球団から通告を受けた。

 「ファームのコーチになるときに考えていたことが、半分くらいできなかった。1軍で若い選手がたくさん活躍することが目標だったけど、1軍を助けられなくて悔いが残っている」

 チームを去る八木コーチは7年間を悔やんだ。現役時代は生え抜きの主力打者、終盤は代打の切り札としても活躍した。2004年に引退後は評論家活動を経て、09年に2軍コーチに就任。培った経験を後輩に伝えてきた。就任と同時に入団した上本の成長などもあったが、若虎が伸び悩むシーズンが続いていた。

 「自分なりの理論というものはある」。それをどう伝えるべきか。視点や指導法に毎年アレンジを加え、昨季からは掛布DCともバランスを取りながら育成に尽力してきたが、思うような結果が得られなかった。

 阪神は前日15日、1軍の中西清起投手コーチ(53)、山口高志投手コーチ(65)、関川浩一打撃コーチ(46)、山脇光治外野守備走塁コーチ(53)、風岡尚幸守備走塁コーチ(47)の退団を発表。新体制に移行するため、6人のコーチがチームを去ることになった。

八木 裕(やぎ・ひろし)

 1965(昭和40)年6月8日生まれの50歳。岡山県出身。岡山東商高から三菱自動車水島を経て、87年にD3位で阪神入団。長距離砲として活躍し、現役時代の晩年は「代打の神様」と呼ばれた。2004年に引退。通算成績は1368試合に出場、打率・247、126本塁打、479打点。09年からは阪神の2軍で打撃コーチなどを歴任した。右投げ右打ち。背番号「76」

(紙面から)