2015.9.23 15:22

阪神・中村GMが急死、東京都内のホテルで病死とみられる

阪神・中村GMが急死、東京都内のホテルで病死とみられる

中村勝広GM

中村勝広GM【拡大】

 阪神の中村勝広ゼネラルマネジャー(66)が23日正午前、東京都内のホテルで死亡しているのが見つかった。救急隊が到着したときには死後硬直が始まっており、その場で死亡が確認された。22日は東京ドームでの巨人戦を見守っており、病死と見られる。

 中村氏は千葉県出身。成東高、早大を経て1972年にドラフト2位で阪神に入団。堅守の二塁手として活躍し、80年からコーチ兼任。82年に現役を引退した。通算939試合で打率・246、76本塁打、219打点。

 83年から阪神2軍監督、88年から1軍作戦守備・走塁コーチ。90年に村山監督の後をうけて監督就任。95年7月に成績不振で途中休養、事実上の解任となった。

 2003年にオリックスのゼネラルマネジャーに就任。06年は監督を務めたが、5位に終わり1年で辞任。07年途中からシニアアドバイザーを経て球団本部長としてフロント入り。09年まで務めた。

 12年8月に阪神のゼネラルマネジャーに就任していた。

中村 勝広(なかむら・かつひろ)

1949(昭和24)年6月6日生まれ、66歳。千葉県出身。成東高から早大を経て、72年にドラフト2位で阪神入団。80年からコーチ兼任。82年に現役引退。通算939試合で打率・246、76本塁打、219打点。83年から阪神2軍監督などを務め、90年に1軍監督に就任。95年7月に途中休養し、シーズン後、辞任。2003年からオリックスのゼネラルマネジャー(GM死去)を務め、06年に監督に就任も5位と低迷して1年で辞任。12年9月に阪神のGMに就任した。監督としては阪神、オリックスで計867試合で373勝487敗7分け。右投げ右打ち。

  • 阪神のゼネラルマネジャーに就任し、記者会見する中村勝広氏=2012年9月、兵庫県西宮市の球団事務所
  • 現役時代の中村勝広氏のバッティングフォーム
  • 1989年10月、阪神の監督に就任し久万俊二郎オーナー(中央)らと握手する中村勝広氏。左は前監督の村山実氏=大阪市北区のホテル
  • 1992年11月、ドラフト会議で松井秀喜選手の交渉権を獲得した巨人の長嶋茂雄監督(左)と阪神の中村勝広監督=東京都内のホテル
  • 1995年2月、キャンプで新庄剛志選手(右)を指導する阪神の中村勝広監督=安芸