2015.7.11 05:03(2/2ページ)

東海大高輪台、お隣さん対決制す!エース・深沢が12K完封/東東京

東海大高輪台、お隣さん対決制す!エース・深沢が12K完封/東東京

東海大高輪台はエース深沢が完封し、ご近所対決を制した

東海大高輪台はエース深沢が完封し、ご近所対決を制した【拡大】

 住所は同じ港区高輪2丁目。東京の一等地に校舎を構える“ご近所”同士のバトルは、東海大高輪台に軍配が上がった。

 「初戦の入りが心配だった。よかったです」

 エース左腕、深沢周平投手(3年)が12三振を奪い4安打完封。宮嶌孝一監督(36)は、胸をなでおろした。住所は同じ港区高輪2丁目。ともに校名に「高輪」の地名が入り、最寄り駅は泉岳寺。校舎も密接していて、互いの教室の中も丸見え。だが練習試合を行うことはなく、選手同士もほとんど面識はない。近所づきあいはないが、監督同士は不思議な縁で結ばれていた。

 さかのぼること20年前。宮嶌監督の東海大高輪台での現役当時、高輪・江口崇監督(47)が東海大高輪台の数学科講師を務めていた。授業は受けたことがなかったが、講師室で雑談をした仲。野球部の応援にも駆け付けてくれた。

 その後、高輪に転任した江口監督とは、道端でバッタリ会うこともある。夏の大会では「記憶がない」(江口監督)という“高輪ダービー”を制した、かつての“教え子”の成長ぶりに敵将も「当時はいい選手でしたよ。よくここまでなってくれた」と目を細めた。

 東海大系列校の中で、東海大高輪台は唯一の甲子園未出場。深沢は「自分(らしい)の投球ができれば甲子園は夢ではない」と力を込めた。ご近所対決を弾みに、混戦の東東京を勝ち抜いていく。 (中田愛沙美)

東海大高輪台(とうかいだいたかなわだい)

 1944(昭和19)年に開校された2つの旧制甲種工業学校が翌45年に統合。68年から現校名。中高一貫の私立共学校。野球部は春夏通じて甲子園出場なし。主なOBはさまぁ~ず(お笑い芸人)、田代真一(サッカーJ2千葉)。所在地は東京都港区高輪2の2の16。片桐知己治校長。

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(紙面から)

  • “高輪ダービー”を終え、両校ナインは互いの健闘をたたえ合った(撮影・矢島康弘)