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【鬼筆・植村代表補佐兼特別記者「徹也の部屋」】(下)江夏氏、1973年虎V逸舞台裏を衝撃告白

【鬼筆・植村代表補佐兼特別記者「徹也の部屋」】

(下)江夏氏、1973年虎V逸舞台裏を衝撃告白

特集:
鬼筆「徹也の部屋」
江夏氏は1971年の球宴第1戦で9者連続奪三振。捕邪飛を追いかけようとした田淵に「捕るな」と言ったといわれているが…

江夏氏は1971年の球宴第1戦で9者連続奪三振。捕邪飛を追いかけようとした田淵に「捕るな」と言ったといわれているが…【拡大】

 江夏 もちろん、僕にとっての恩人だからね。阪神のドラフト指名を受けた時も、大学進学が決まっていたのに、家まで来てくれて、ご馳走食わせてくれたのが村山さんだった。あの頃は先輩には恵まれた。藤本勝巳さんにもよくしてもらった。奥さんは島倉千代子さん。家に招かれて、オチヨさんの手料理を食わせてもらったなぁ。

(2)「捕るな」ではなく「追うな」

 植村 阪神時代の江夏さんの数々の伝説の中で、聞きたいことが3つあるんです。1つ目は1971年7月17日、オールスター第1戦で9者連続奪三振を記録しているんですが、その時に捕邪飛を追いかけようとした田淵さんに「捕るな」と言ったというのは?

 江夏 言うわけがない。言ったのはマスコミや。ウソもいいとこ。8個三振取って、9人目は加藤英司(阪急。当時は秀司)。当時は出てきたばかりの若手で振り回すだけ。俺は代打は張本(勲)、野村(克也)のどちらかやと思っていたら、(そのまま)加藤だったから、よし100%三振取ったと思った。

 (続けて)

 一回で3個、二回で6個。それまでは大歓声だったのが、3イニング目で阪本、岡村に投げる時は1球1球、シーンと静まりかえった。あれが怖くてね。もう一刻も早く終わりたい一心。で、加藤が2球目だったかな、打った瞬間、スタンドに入るファウル。すぐに分かったから、田淵に「追うな」と言った。追っても捕れないんだから。

 植村 捕るな、ではなく、追うな。

 江夏 早く座ってくれ、という思いで言った。マスコミってのはひどいんだから(笑)

 植村 2つめの質問ですが、73年8月30日の中日戦。延長十一回にノーヒットノーランを自らのサヨナラ本塁打で決めた試合です。「野球は1人でできる」と言ったとか…。

 江夏 そんなことも言うわけがない。試合後に取材が終わって、ロッカーに戻ろうとした時に「野球は1人で勝てるな?」とか何とか聞かれて、邪魔くさいから適当に「そやな」と答えたような記憶はある。ひどいよ。「野球は1人で勝てる」なんて、もし思っていても言わんよ(笑)

 植村 マスコミが勝手に作った話なのかもしれませんが、この逸話が一匹狼・江夏というイメージを作り上げた気がします。江本さんの「ベンチがアホやから」と似てますね。

 江夏 ベンチがアホ、なんてしょっちゅう言ってた。そんなことを書く方がおかしい。

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  • 植村特別記者(右)は江夏氏(左)の3つの伝説の真相に迫った
  • 江夏氏(左)は大先輩の村山(右)と練習する。巨人に立ち向かう姿勢は、大恩人の影響が大きかった
  • 江夏氏は1973年10月20日の中日戦に先発する。前日に長田社長から「勝ってくれるな」と言われ、必死で投げた