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【私の失敗(4)】渡辺久信、洋服を買いすぎて税金払えず

【私の失敗(4)】

渡辺久信、洋服を買いすぎて税金払えず

特集:
私の失敗
当時流行していたDCブランドを着こなし、「新人類」「トレンディーエース」と呼ばれた渡辺

当時流行していたDCブランドを着こなし、「新人類」「トレンディーエース」と呼ばれた渡辺【拡大】

 若い頃は、ずいぶんやんちゃだったよ。プロ3年目の1986年は2歳上の工藤公康さん(現ソフトバンク監督)、2歳下の清原和博とともに「新人類」と呼ばれ、流行語大賞の金賞に選ばれた。ファッションや言動が、それまでのプロ野球選手のイメージとあまりにも異なって、注目を集めたんだ。

 当時流行していた「DCブランド」を着こなし、寮がある埼玉・所沢市から東京・六本木方面まで繰り出して派手に遊んだよ。1、2年目は年俸がまだ低くて、3分の2ぐらいは洋服代に消えていたね。買いすぎて税金が払えなくなり、督促状が届いたこともあったな。

 プロ野球は入団すると、まず球団の寮に入らなければならない。入団時の監督は厳しい「管理野球」を掲げた広岡達朗さん。食事も健康第一の玄米ごはんで、隠れてカップラーメンをすすろうものなら怒鳴られ、1年でも早く寮を出たかったんだよ。

 今の選手は割と早く退寮できるようになったけど、当時、高卒選手は5年目が終わらないと出してもらえなかった。でも、僕は2年目には1軍にいたし、3年目には16勝6敗1セーブで最多勝と勝率第1位(・727)の2冠を獲得した。実績もできたと思ったから、4年目が終わった87年のオフ、手土産を持って管理部長の根本陸夫さん(故人)の自宅を訪ね、「寮を出してください」と直談判した。しかし、許可してもらえない。中途半端なことを言っても出してもらえないと、いろいろな作戦を考えた。

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  • 渡辺はプロ1年目から活躍し、4年で寮を脱出することに成功。右は伊東捕手(現ロッテ監督)