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【東北球人魂】“秋田の玉三郎”こと松本豊…現在は進学塾の教室長

大洋・松本豊=1988年7月

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 『秋田の玉三郎』の愛称でファンを魅了したのは秋田・秋田経法大付高(現明桜高)出身で、横浜大洋(現DeNA)の松本豊投手(51)。先発、中継ぎ、抑えと何でもOKで、お酒大好き人間。そんな男が選んだ第二の人生は、島根・松江市にある進学塾の教室長だった。

 色白で鼻筋の通ったうりざね顔。1985(昭和60)年ドラフト外で社会人の住友金属から横浜大洋に入団し、付けられた愛称は『秋田の玉三郎』。当時の稲川誠投手コーチがいう。

 「いい男で、お酒も強かったね。真っすぐが速く、真っすぐで落合(中日)を抑えられたのは松本だけでした」。右腕から伸びのある直球に、カーブと見間違う独特のスライダーが武器。素質を見抜いた古葉竹識監督は、先発、中継ぎ、抑えとフル回転で起用した。そのスタミナ源はお酒で一升酒も辞さなかったが、「気分転換と熟睡ができるから一石二鳥です」とケロリ。

 そんな松本が一段と目の色を変えたのは宮城球場での試合。出身地の秋田・角館から電車で約3時間の“準ご当所”に加え、高校時代には甲子園出場を決める東北大会優勝を果たしたのもこの球場だからだ。

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