2014.12.16 13:56

【東北球人魂】無名の選手が新人王に…その入団裏話とは 

守備だけでなく、足でもファンを魅了したロッテ・小坂。広岡GMの決断で獲得に踏み切った

守備だけでなく、足でもファンを魅了したロッテ・小坂。広岡GMの決断で獲得に踏み切った【拡大】

 無名の選手がプロ1年目に新人王に! 快挙を成し遂げたのは、宮城・柴田高出身のロッテ・小坂誠内野手(41)=現日本ハム2軍コーチ。今回は広岡達朗GMがホレ込み、『平成の牛若丸』の異名をとった男の入団裏話を紹介する。

 私がロッテを担当していた1996(平成8)年の初秋のことだ。知人のヤクルト・故佐藤孝夫スカウトからこんな話を聞いた。「私の田舎(宮城)に俊足で守備範囲の広い遊撃手がいる。ウチは宮本慎也を獲ったばかりだし、背が低いんだ。ヒロさん(広岡GM)のところで、どうかね?」。当時のプロ球界は大型野手の全盛時代。聞けばその小坂は身長1メートル67、体重63キロだという。さっそく広岡GMに伝えた。当のGMは、つまらなさそうに聞いていたが、裏ではすぐさま行動。木樽スカウト部長を引き連れ、仙台で調査を始めた。

 それらのことはあとで知った話。広岡GMが興味を示したのは“守備範囲が広い”の言葉だったという。そして、その小坂をある選手と重ねていたというのだ。

ヤクルトは1987(昭和53)年に初めて米国アリゾナ州で春季キャンプを張った。パドレスと一緒だったが、同GMが注目していたのが2Aから抜擢されたオジー・スミス遊撃手。のちに『オズの魔法使い』といわれた守備範囲の広い名選手だ。私も右手人さし指の先でボールをコマのように回して遊んでいた姿を忘れない。

 同GMは「(パドレスの)ダーク監督が、(スミスを)抜擢した目は確かだった。小坂を重ねたことはあった」と打ち明けた。ロッテは翌年のドラフト会議で他球団が興味を示さない小坂を広岡GM主導のもとで5位指名した。ところが、1年目の小坂は全試合に出場して新人王を獲得。中でも佐藤孝夫さんが保持していた新人の盗塁記録45を大幅に上回る56盗塁はいまだ破られていない。最後を広岡GMの言葉で締めくくる。

 「うれしかったね。いい選手はロッテにはきませんよ。素材がよければ(自らのチームで)つくれる。俺が責任を取るといって、獲得した選手でしたから」。

(プロ野球取材歴40年、角山修司)