2014.12.11 12:00(1/2ページ)

【ありがとう八十年(158)】杉下茂、最下位チームの投手陣を立て直し

特集:
レジェンドが語るプロ野球史
杉下茂氏

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 1976年から5年間、投手コーチとして巨人のユニホームを着た。球団から直接、要請されたわけではない。75年のオフに仲人の鈴木龍二セ・リーグ会長から話があると声がかかったが、連盟には来るなという。外で会うと「最下位の巨人をどう思う? お前がなんとかしてやれ」となった。

 心当たりといえば、75年に球場で巨人の佐伯文雄常務と話をした時に新浦寿夫の名前が出て、「一度、話をしてみてよ」というので指導したら、だいぶよくなったことがあった。この年の新浦は2勝11敗とふがいなくてね。僕は中日のイメージが強いし、親会社はライバル新聞社だから、第三者を通して話がきたんじゃないかな。

 《巨人は74年に2位に終わり、連続日本一が9年でストップ。長嶋茂雄監督1年目の75年はV9戦士に衰えが目立ち、47勝76敗7分けで球団初の最下位に転落した》

 長嶋監督とはキャンプを視察に行くと、よく話をしていた。現役時代に対戦したのは、彼が入団1年目の58年だけ。スローカーブを本塁打にされたが、打率は1割台に抑えたと思う。74年10月14日の引退試合(対中日)も後楽園球場の記者席で見ていた。試合後のセレモニーまで見届けたよ。

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