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伊東監督が語る…黄金時代の西武、そのDNAを4監督が受け継ぐ/球界ここだけの話(8)

特集:
サンスポ記者の球界ここだけの話
ロッテ・伊東監督

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 ロッテ・伊東勤監督(52)といえば、現役時代に「西武頭脳」と呼ばれた名捕手。それは誰もが認めるところだ。

 実働22年のうち14度のリーグ優勝、8度の日本一を経験。選手として日本シリーズでセ・リーグ全6球団と対戦した(現時点で伊東監督しかいない)。球団創設4年目、1982年に初のパ・リーグ制覇と日本一。以後、毎年のように西武が日本シリーズに進出していたことを物語る数字で、その「黄金時代」を象徴する選手だった。

 今季、ロッテ担当となり初めて伊東監督との付き合いが始まった。「なんで、あんなに西武は強かったんですか!?」。伊東監督の現役時代と並行して、記者といえば、ほとんどが巨人担当。毎度、こてんぱんにやられた記憶しかない。日本シリーズ4連敗というシーズンもあった。「確かに首脳陣は厳しかったですよ。でも、選手同士はもっと厳しかった。常勝軍団と呼ばれるのと比例して、そうなっていったのかもしれませんね」。

 伊東監督が鮮明に記憶していることがある。入団3年目の2月、高知・春野キャンプ。休日前日の練習で当時の広岡監督が、珍しく手綱を緩めた。選手の疲労を感じたのだろう。本来なら、休日前は血ヘドを吐くほど追い込まれるのに、練習は半ドンになった。「さすがに物足りないよな!?」。伊東監督は他の若手数人と球場から宿舎まで走って帰ることを決め、県道をトコトコと進んでいたとき、追い抜いていった車が前方で急停止した。近づくと、後部座席の窓が開く。顔を出したのは鬼の形相をした広岡監督だった。

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