2014.10.1 05:00(1/3ページ)

【虎のソナタ】和田元就、貧打で聖地“憂愁の美”

本拠地最終戦を終え、ファンにあいさつした和田監督(86番)ら阪神ナイン。CSで甲子園に帰ってこれるか

本拠地最終戦を終え、ファンにあいさつした和田監督(86番)ら阪神ナイン。CSで甲子園に帰ってこれるか【拡大】

 出陣を決めたのは9月30日である。なんと大暴風雨だった。それで部下が尻込みをした時に毛利元就はいった。

 「だから、今をおいて他に無いのだ!」

 暴風雨だと相手も尻込みしている。まさか今日は攻めて来るはずがない…弘治元(1555)年の有名な『厳島の戦い』はこうして始まった。

 兵法書『孫子』を熟読していた毛利元就はあらゆる権謀術数を試みた。敵の陶晴賢の方がはるかに大軍だった。となると謀略と戦術の巧妙さ、そして無謀にも暴風雨の中で厳島に渡っておいて毛利軍の船を全部引き揚げさせていた。退路を断つという指揮官の決意がそこにあった。

 そして大軍をあえて狭い厳島に追い込み、さて今日10月1日朝に一気呵成に…攻めに攻める。

 将の決断と、あらゆる智略を駆使した攻め…まさに毛利の勝利は「攻撃は最大の防御なり」を証明したのです…。

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