2014.8.20 11:32(1/2ページ)

【ありがとう八十年(75)】関根潤三、選手の資質を100%発揮させるのが監督の使命

特集:
レジェンドが語るプロ野球史
ヤクルトでの最終年となった1989年、マウンドでハッパをかける関根監督(右端)。左端が池山隆寛

ヤクルトでの最終年となった1989年、マウンドでハッパをかける関根監督(右端)。左端が池山隆寛【拡大】

 「あいつはおれが育てた」と言う監督やコーチがいるでしょ。そんなに簡単に育てることはできないよ。ちゃんとした選手は、放っておいても自分で練習して育つの。

 練習を一目見れば、こいつは主力になるな、というのは分かるよ。1987年から3年間、監督をやらせてもらったヤクルトでは、池山隆寛と広沢克己(現克実)の“イケトラコンビ”ね。

 池山はやんちゃだと言われていたけど、ちっとも大変じゃなかった。練習をさぼったとき、「この野郎!」と怒鳴ったことくらいはあったかな。

 《池山隆寛は65年12月17日、兵庫県出身の内野手。84年、市尼崎高からドラフト2位で入団し、88年から5年連続で30本塁打以上をマーク。豪快なスイングから「ブンブン丸」の愛称がついた。通算成績は打率・262、304本塁打、898打点。現ヤクルト2軍打撃コーチ。48歳》

 監督、コーチというのは、自分が教わったことをそのまま教えたくなるものなの。だけど、それが間違っていたら選手は壊れちゃう。フォームを一から直してやろうなんて、神様じゃないとできないよ。失敗したら選手と心中するくらいの覚悟がないと、いじってはだめなの。

【続きを読む】