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【ありがとう八十年(62)】広岡達朗、巨人の選手、監督はもう少しプライドを持ちなさい

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レジェンドが語るプロ野球史
広岡氏の自宅玄関には孫のタカラジェンヌ、麻央侑希のポスターが張られている

広岡氏の自宅玄関には孫のタカラジェンヌ、麻央侑希のポスターが張られている【拡大】

 日本球界初の本格的なゼネラルマネジャー(GM)として声をかけてくれたのはロッテだった。西武退団から10年目、1995年のことだ。重光昭夫オーナー代行の話は5年契約だったが、「3年で結構です」と答えた。チーム作りの全権を与えられる以上、3年で十分との自信があった。ヤクルト、西武で培った経験がそう言わせた。

 元レンジャーズ監督のボビー・バレンタインを監督に招聘(しょうへい)。大リーグ方式を持ち込んでスタートでつまずき、“SOS”を出してきたので、「ここは日本であることを忘れてはいけない」とほんの少し私の野球を注入すると、この年2位に浮上した。選手はもちろん、監督にも人前での喫煙を禁止すると素直に応じ、監督室以外では我慢していた。

 GMは2年で解任されたが、ロッテとボビーでもう一つ学び、確認できた。「もともと強いチームと弱いチームがある」ということだ。横浜で森祇晶が、今またDeNAで中畑清が失敗しかけているのは、その見極めがついていないのだ。

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