2014.7.30 09:02(2/2ページ)

【ありがとう八十年(60)】広岡達朗、82年就任「教育と優勝」二つの命題に挑む

特集:
レジェンドが語るプロ野球史
83年に西武をパ・リーグ2連覇に導き、ナインの手で宙を舞った

83年に西武をパ・リーグ2連覇に導き、ナインの手で宙を舞った【拡大】

 米国は非戦闘員の日本国民を無差別攻撃し、原爆で罪のない命を一瞬にして奪った。そんな国に2000年以上かけて培ってきた道徳観や倫理観を壊され、泣き寝入りすることはない。戦争はもちろんダメだから、外交をしっかりやればいい。

 話があらぬ方向に飛んでしまったが、私はそういう勉強をして82年、西武の監督に就任した。選手を教育、育成しながら優勝もする。大リーグさえも手を付けない二律背反する命題に挑戦してやろう、という気構えで乗り込んだ。実は西武の前に阪神からも監督の誘いがあったが、契約年数の違いから破談となった。

 西武での展望には自信があった。初めてのパ・リーグだが、本社の西武鉄道を含め、堤義明オーナーの人となりなどを本を読んだりして勉強した結果、やりがいのあるチームであることが分かった。もちろん、ヤクルトでの就任3年目の初優勝が自信の源だった。

 一つだけがっかりしたのは、私が3番目の監督候補だったこと。1人目は長嶋茂雄。即、断られたそうだ。2人目の上田利治(元阪急監督)にはOKをもらったものの、なぜかドタキャンされたということだった。

  ◆現在、サンスポ紙面では古葉竹識氏を好評連載中です◆

(紙面から)