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【ありがとう八十年(55)】広岡達朗「選手を一人前に育てる責任がある」

特集:
レジェンドが語るプロ野球史
ベンチを訪れたヤクルト・松園尚巳オーナー(左)に帽子を取ってあいさつする広岡達朗監督

ベンチを訪れたヤクルト・松園尚巳オーナー(左)に帽子を取ってあいさつする広岡達朗監督【拡大】

 “恩人”はもう一人いる。ヤクルトの松園尚巳(ひさみ)元オーナー。私を監督にしてくれたからではない。考え方が私の野球理論、方針を決定づけてくれたからだ。

 ヤクルトには1974年に守備コーチとしてお世話になった。監督の荒川博さん、ヘッドコーチの沼沢康一郎さんは、いずれも早大の1期先輩。同期の小森光生もコーチで、球団は“早大カルテット”と売り出した。

 松園さんはタニマチ的なオーナーで、選手を本当にかわいがった。持論は「ドラフトで縁あって親ごさんから預かった選手は、どこにも出したくない。球団、監督、コーチはその選手を一人前に育てる責任がある」というもの。だから、トレード話には耳を貸そうともしなかった。

 《松園尚巳は22年、長崎県三井楽町(現五島市)出身。法大専門部を中退後、長崎ヤクルトを設立。67年、本社社長に就任し、化粧品、薬品にも事業拡大した。ヤクルト球団の初代オーナー。94年、72歳で死去》

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