2014.7.22 10:57(1/2ページ)

【ありがとう八十年(54)】広岡達朗、外野手・苑田を内野手に育てる

特集:
レジェンドが語るプロ野球史
早大で三遊間を組んだ小森先生(奥)とともに1970年から2年間、広島でコーチを務めた

早大で三遊間を組んだ小森先生(奥)とともに1970年から2年間、広島でコーチを務めた【拡大】

 嘆かわしい話をもう一つ。最近は人工芝全盛で打球が速くなり、内野手の守備位置が深くなった。これは理解できる。ところが、いざ打球が飛んで来ると前に出ようとしないで、さらに下がって捕球しようとする選手のなんと多いことか。当然、内野安打だ。

 別所毅彦さんが投げていたら「メシの食い上げだ。代われ!」と怒鳴り散らされるよ。今の投手は文句を言わないのかね? それに失策の多さは信じられない。芝や土のグラウンドならいざ知らず、イレギュラーが少ない人工芝でエラーとは何をか言わんやだ。

 私の野球理論、守備理論の正しさを裏付けてくれたのは、1970年から2年間、コーチとしてお世話になった広島で出会った苑田聡彦だ。

 《苑田聡彦は45年2月23日、福岡県出身の外野手。64年に三池工高から広島入りし、69年に内野手へ転向。77年に引退した。通算成績は打率・236、23本塁打、115打点。現スカウト統括部長。69歳》

 根本陸夫監督から、外野手の苑田を一人前の内野手に育ててくれと頼まれたが、最初は断った。外野手と内野手では足の動きも捕球動作もスローイングも違う。内野から外野にコンバートするならともかく、もともと外野手の苑田をプロの内野手にするのは無理だ、とはっきり言った。

【続きを読む】