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【ありがとう八十年(53)】広岡達朗、捕球&送球の基本練習

特集:
レジェンドが語るプロ野球史
1950年代終盤からは、長嶋茂雄(左)、王貞治(右)とともに巨人を支えた

1950年代終盤からは、長嶋茂雄(左)、王貞治(右)とともに巨人を支えた【拡大】

 “守備の広岡”として開眼したのはプロ5年目、1958年のオフだった。日本シリーズで西鉄に3連勝の後、4連敗を喫し、3年連続でシリーズ敗退という屈辱を味わった秋に、日米野球でセントルイス・カージナルスがやってきた。

 華やかな大リーガーの中に、いつも一人で黙々と守備練習をしている選手がいる。二塁手のドン・ブレイザーだ。よほど守備に自信がないのか、基本の捕球を繰り返しているように見えた。しかし、これは私の浅学のせいだった。基本の捕球、送球を丁寧に繰り返し、とっさの時に体が反応するように、これでもかと守備の基本動作を体に教え込んでいたのだ。

 《ドン・ブレイザーは本名ドン・リー・ブラッシングゲーム。32年、米ミシシッピ州コリンズ出身。55年にリブスコム大からカージナルスに入団し、メジャー5球団で計1444試合に出場。67-69年は南海でプレーし、“シンキングベースボール”を植え付けた。引退後は79、80年に阪神で、81、82年に南海で監督を務めた。2005年、73歳で死去》

 現役大リーガーでさえも基本をみっちり、丁寧に練習している。それなのに私といえば、軽い身のこなしができるばかりに基本の反復練習がおざなりになっていたのだ。

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