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【ありがとう八十年(44)】広岡達朗、統一球問題の原因はコミッショナーのリーダーシップ不足

特集:
レジェンドが語るプロ野球史
去年の巨人キャンプで原辰徳監督(左)と練習を見守る。80歳を過ぎても球界への思いは熱い

去年の巨人キャンプで原辰徳監督(左)と練習を見守る。80歳を過ぎても球界への思いは熱い【拡大】

 実は加藤前コミッショナーとは、ことあるごとに食事をしながら球界のあるべき姿について話をしてきた。もっとリーダーシップを取って球界を引っ張ってほしい、とお願いもした。しかし、コミッショナーに「裁定」の権限はあるものの、何も決められない。決めるのはオーナーたち、ということだった。

 私は違うと思う。たとえ実行委員会の決議とオーナー会議の承認が必要とはいえ、コミッショナーは「何々をやりたい」という提案をどんどんすべきなのだ。決定権がないからと何もしないなら、なぜ引き受けるのか。統一球問題は、コミッショナーのリーダーシップ不足を如実に表したものだと思う。

 さて、次回から私の野球史をお話ししよう。

■広岡 達朗(ひろおか・たつろう)

 1932(昭和7)年2月9日、広島県呉市出身、82歳。呉三津田高(旧制呉一中)、早大を経て54年に巨人入団。打率.314、15本塁打、67打点で新人王に輝くなど遊撃手として活躍した。66年に引退後は広島、ヤクルトのコーチを経て、76年途中からヤクルトで監督に就任し、78年に日本一。82年からは西武監督としてリーグ優勝3度、日本一2度。95年はロッテで日本球界初のGMを務めた。92年に野球殿堂入り。

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(紙面から)