2014.6.26 05:00(1/2ページ)

【虎のソナタ】38歳より、若虎サイドスローにした方が!?

建山(右)の入団会見に同席した中村GMは「ブルペンの救世主になってほしい」と熱いエールを送っていました

建山(右)の入団会見に同席した中村GMは「ブルペンの救世主になってほしい」と熱いエールを送っていました【拡大】

 たばこを吸っていなかった男が、だまって菊のご紋のついた箱の封を切って1本吸った。「なんともいえん味がした。ニガかった…」

 そして、彼にとっては6月25日は生涯忘れられない日となった…。

 村山実。もう天国に召されて16年が過ぎた。1959(昭和34)年6月25日、後楽園球場での昭和天皇・皇后陛下がご観戦になった巨人-阪神戦。4-4で迎えた9回裏に村山は、長嶋茂雄に左翼席へサヨナラホームランを打たれた。

 世に言う『天覧ホーマー』である。

 それから村山は打倒長嶋に燃えに燃えた。史上最高といわれた“炎の対決”村山-長嶋の名勝負は、この日に端を発するのである。

 14年で302打数、85安打、21本塁打。三振39、打率・281。長嶋が最も多く対戦したのが村山だった。

 「ムラさんは1球たりとも気を抜いた球は投げなかった…」

 たしかに、村山実は“屈辱の1球”だったかもしれない。しかし、それから彼は打倒長嶋に命をかけたのだ。

 球史のなかで、両者の戦いはどちらが勝ったか? 負けたか? は誰もいわない。まぎれもなくそこには男の美学が残った。

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