2014.6.15 05:00(1/2ページ)

【虎のソナタ】能見の姿に98年のロナウド思い出した

98年のW杯決勝でフランスに敗れて、しゃがみこむロナウド。体調不良で実力を発揮できなかった

98年のW杯決勝でフランスに敗れて、しゃがみこむロナウド。体調不良で実力を発揮できなかった【拡大】

 その時、先発選手のリストにロナウドの名前はなかった…。

 1998年7月12日、パリ郊外のサンドニの競技場。W杯フランス大会はブラジルとフランスの決勝戦。キックオフまで、あと45分というのにブラジルの選手は姿を現さないのだ。7万5000人がほえた。ブラジルは、どこだ!

 実はその日の昼、突然ブラジルのFWロナウドに正体不明の発作が起きたのだ。すぐ救急車で病院に直行…監督マリオ・ザガロは選手を集めてこういった。

 「われわれは、62年のW杯でもペレをけがで欠きながらも優勝したではないか」

 だが、ロナウドは試合直前に戻ってきた。先発リストに、ただちに彼の名前が“復活”する。しかし、明らかにロナウドに“輝き”はなかった。フランスは、それを執拗に「スピード」で攻めた。

 この決勝戦を当時の記者たちは「ゴールの予感がフランスの攻めからは立ち上ってきた」と書いた…。世界のエース・ストライカー、ロナウドはまだ病院のベッドにいるべきだった…それほど精彩がなかったのだ。

 そして、ブラジルは負けた。ザガロ監督は「試合中、私はズッと迷っていた。ロナウドを交代させるかどうか…で」と頭をかきむしった。そこにはエースに執着し、エースゆえに優柔不断の未練を残し…後悔をする指揮官の正直な姿があった。

 となると…メディアの質問は非情だ。なぜ、そんなロナウドを使ったのか? いつ監督を辞めるのか? 露骨な問いかけにザガロは切れた。

 「すべてを決めるのは私だ。もっと私に敬意をはらえッ!」

 時計の針を“現在”に戻す。

【続きを読む】