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【ノムラの記憶】江夏の21球(下)ノムさんが球史に残る名場面を語る

江夏豊の年度別登板成績

江夏豊の年度別登板成績【拡大】

 戦後、野球は根性野球から情報野球へと進化した。現代では選手の体格、体力、技術、さらには用具も向上した。昨季は楽天・田中(現ヤンキース)がレギュラーシーズンで24連勝し無敗の最多勝投手となり、ヤクルト・バレンティンは、王らが持っていたシーズン最多本塁打記録を更新した。しかし、お茶の間のファンは記録に歓喜する一方、「この一球」の根拠を求めてくる。それこそ「江夏の21球」のもたらしたものである。プロ野球は80周年を迎える。私は79歳になる。プロ野球の歴史とほぼ同じ時間を生きてきた私にとっても、「江夏の21球」は評論家生活での大きな転機だった。

◆野村スコープ◆

 野村氏は1983年、プロ野球中継に“革命”を起こした。当時解説を務めていたテレビ朝日の中継で導入された「野村スコープ」だ。

 ストライクゾーンを内外角、高低で9分割し、どのコースにどの球種が来たかを表示するもので、現在では他局も採用している。「何か新しいことができないかとプロデューサーと話し合ったとき、次の球がどこに来るか画面に表示してみたらどうか、と話したんだよ」と野村氏。

 やってのけたのは次の一球の予測だった。当時は結果を語る解説が主流で、予測型の解説は少なかった。「正捕手として配球を組み立てる」「4番打者として配球を読む」を27年の現役生活を通じて繰り返してきた野村氏が、経験をもとにネット裏から瞬時に次の一球を予測、的中させる解説に視聴者は感嘆した。

◆江夏の21球◆

 1979年11月4日、3勝3敗で迎えた近鉄-広島の日本シリーズ第7戦(大阪)。広島の抑え、江夏は4-3の七回途中に登板したが、九回に無死満塁のピンチを招いた。代打・佐々木から空振り三振を奪うと、続く石渡への2球目にスクイズを外し三走を挟殺。最後は石渡を空振り三振に仕留め、広島が初の日本一に輝いた。後にノンフィクション作家の故山際淳司が九回の投球に焦点を当てて取材。「江夏の21球」の題で雑誌に掲載し、注目された。