2013.11.27 15:25(4/4ページ)

【エモやんのあの人に会いたい!】団野村氏「ポスティングは必要ない」

江本孟紀氏と話す団野村氏=22日、東京・港区南青山(撮影・中鉢久美子)

江本孟紀氏と話す団野村氏=22日、東京・港区南青山(撮影・中鉢久美子)【拡大】

★対談終えて

 うれしいよ。南海ホークスの16番。俺の雄姿を見た生き証人と、1回目に対談できるとはね。

 ダンは選手としてもヤクルトに4年間所属して、あの広岡達朗監督の指導も受けた。「ウオーミングアップから練習がきつかった」と振り返っていたけど、監督の通訳としても重用され、外国人選手獲得も手伝っていた。現場も、裏方の仕事も、日米の球界も知る男なんだ。そういう人が話すと説得力が違う。俺らは「知ったかぶり」とか言われるからね。NPBも選手会も、ダンに話を聞きに行くべきだよ。

団野村氏とポスティングシステム

 1994年オフ、野茂英雄が近鉄を任意引退となり、年が明けてからドジャースと契約。団氏はNPBから「任意引退後に現役復帰する場合、引退した球団に承諾を得なければならないのは国内球団に限定される」との確認を得て、野茂のメジャー移籍を実現させた。96年オフにはロッテ・伊良部秀輝のパドレスとのトレードを成立させ、さらにヤンキースに入団させることに成功した。 MLB球団は日本選手獲得の機会均等を求め、NPBと「日米間選手契約に関する協定」の見直しに着手。98年にポスティングシステムを設けた。日本選手は2000年オフのイチロー(オリックス→マリナーズ)から16人が入札を申請し、11年オフの青木宣親(ヤクルト→ブルワーズ)、ダルビッシュ有(日本ハム→レンジャーズ)まで11人が移籍を果たした。

団 野村(だん・のむら)

 1957(昭和32)年5月17日生まれ、56歳。大阪府出身。カリフォルニアポリー大卒。78年にテスト生としてヤクルト入団。1軍出場はなく、81年に引退。その後は米独立リーグ、サリナス・スパーズのオーナーとなり、メジャーリーグの解説も務めた。93年にダン野村オフィス(現KDNスポーツ)を設立。代理人として野茂、伊良部、ダルビッシュら多くの日本選手のメジャー移籍に携わった。

(紙面から)