2012.5.8 05:00(2/3ページ)

「ルイビル・スラッガー社」バットの殿堂

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サンスポ50周年企画 National Pastime ~遥かなる野球大国を訪ねて~ 

 レンガが敷き詰められているメーンストリートが、博物館まで1マイル(約1・6キロ)の交差点から“殿堂通り”に変わった。歩道の両側には伝説の選手名とそのハイライトが刻まれたホームプレートが数メートル間隔で埋め込まれており、各選手の使用モデルと同じブロンズ製のバットが立て掛けられていた。

 50人分のプレートとバットを眺めながら歩いて行くと、高さ約37メートルの巨大バットが現れた。ルイビル・スラッガー社の工場と博物館に到着。ベーブ・ルースのバットを約40倍にしたという、5階建てのビルより高い巨大バットを見上げながら入り口をくぐった。

 バット製造の過程を見学できる工場ツアーの集合場所では、米国らしいけた外れの数字に圧倒された。同社はペンシルベニア州からニューヨーク州にかけて約5000エーカー(約2000キロ平方メートル)、東京ドームの433個分に及ぶ広大な森林を所有。樹齢60年の木を年間4万本も切っている。大半がホワイトアッシュ(モクセイ科)かメープル(カエデ科)で、そのうちのわずか10%が大リーガー用。契約選手はメジャーで60%、マイナーでは80%を占める。

 同社によれば、殿堂入り野手の使用率は80%。これほど高いシェアを誇るのはルースの功績が大きい。1884年創業の同社がバット業界でトップに立ったのは1923年。ルースが本塁打でファンを熱狂させていた時期と重なる。当然、ルースのバットは注目され、大リーガーの間で急速に広まったのだ。

 博物館内にロウ人形が立っているルースのコーナーには、シーズン60本塁打を記録した1927年のバットが陳列されていた。最近はほぼ使われなくなったヒッコリー(クルミ科)製で、長さは35・5インチ(90・17センチ)、重さは38・5オンス(1090グラム)。900グラム台前半のものが主流の現在の選手なら、トレーニングで使用するマスコットバットの重さだ。

 当時のルースは本塁打を放つたび、バットの焼き印の所に目印となるキズを付けていたという逸話も紹介されていた。数えてみるとキズは21個。1本のバットを折らずに21本塁打も放ったわけで、改めてルースの打撃技術に感心させられた。最後の4割打者であるテッド・ウィリアムズ(元レッドソックス)は、グリップの太さが0・1ミリ違うだけで返品してきたという。

 現役選手で興味深かったのはヤンキースのデレク・ジーター内野手(37)。プロ入りから1度もバットに変更を加えず、通算3000安打を達成した。長さ34インチ(約86センチ)、重さ32オンス(約907グラム)のホワイトアッシュ製。全体的に細身なのは、スイングスピードを重視しているからだという。後日、ジーター本人に確認すると「高校時代に使っていた金属バットに一番似ていた。自分に合っているので変えようと思ったことがないし、これからも変えないよ」と答えた。

 日本のミズノ社の関係者によれば、イチローもプロ1年目のオフ以降、基本的にバットの形状の変更をしていないそうだ。バット会社は違っても、日米の安打製造機には共通点があった。

 バットの流行も顕著に表れる。ステロイド(筋肉増強剤)の影響でホワイトアッシュとメープルの発注の比率が変わったのも、その一例だ。

 アッシュに比べて、メープルの方が重くて硬いといわれる。ステロイド使用への取り締まりが緩く、パワーヒッター全盛の90年代はメープルの注文が急増して比率が6対4になったが、現在は以前の4対6に戻ったという。薬物検査が厳しくなった最近はアッシュの需要が復活したと分析できる。ちなみに通算762本塁打の大リーグ記録を保持するバリー・ボンズ(47)=元ジャイアンツなど=も、メープルのバット(他社製)を愛用していた。

 バットの殿堂ともいえる工場と博物館を見学してみると、バットの変せんが米国野球の変化と密接に関係していることが改めて分かる。バットの歴史は、米国野球の歴史でもあるのだ。(毎週火曜掲載)

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