2012.4.24 05:00(2/3ページ)

ルースの墓とピンストライプの絆

特集:
サンスポ50周年企画 National Pastime ~遥かなる野球大国を訪ねて~ 

 短い足でも70歩、直線距離で約20メートルしか離れていなかった。ルースとマーティン。ヤンキースの永久欠番になっている2人が、同じ墓地の同じ区画内で永眠していた。

 マンハッタンの中心部から北へ車で約50分。ニューヨーク最大級の墓地『ゲート・オブ・ヘブン』(天国の入り口)のセクション25という区画に2人の墓があった。小高い丘から下界を眺めるように建っているのが、歴代3位の通算714本塁打を放ち、“野球の神様”とあがめられるルースの大きな石碑。足を運ぶファンは絶えず、花だけでなく帽子やボールなどが供えられていた。

 マーティンの墓石は薄茶色で、ルースとは反対方向を向いていた。『偉大ではなかったかもしれないが(ピンストライプの)ユニホームに袖を通すことを最も誇りにしていた』。背番号の「1」とともに、自身のコメントが彫り込まれていた。

 現役時代のマーティンは二塁手で、ガッツあふれるプレーと勝負強い打撃が持ち味だった。1953年のワールドシリーズではMVPを受賞。しかし、グラウンド内外でのトラブルの多さの方が有名だった。監督になっても「ケンカ屋」と評された気性の激しさは変わらず、スター選手のレジー・ジャクソンとベンチ内でつかみ合いになったこともあった。

 33歳差と世代も違うルースとマーティンの墓が、なぜこれほど近くにあるのか。「ボスの計らいです。マーティンが亡くなった直後、未亡人に『すべて任せてほしい』と申し出たそうです」と答えてくれたのが、ストゥー・ソーンリー氏(56)。殿堂入り選手の墓の場所を紹介するサイトを運営・管理しており、自身が訪ねた著名人の墓は1000以上という“墓参の達人”だ。

 同氏が挙げた“ボス”とは、2年前に亡くなったヤ軍のスタインブレナー元オーナー。ワンマン経営で知られ、監督時代のマーティンとは口論が絶えなかった。なんと1975年から88年の間に就任要請と解任を5度も繰り返したのだ。

 当時、マーティンは監督室に次のようなスローガンを掲げていた。

 『(1)ボスは常に正しい。(2)ボスが間違っていると思ったら(1)を見よ』

 その一方で、「規則はオレが作る。しかしオレがその規則に従うとはかぎらない」などと発言。2人の対立は連日のようにニューヨークの地元メディアで報じられ、一連のチーム内のゴタゴタは「(ヤンキースタジアムの近くにある)ブロンクス動物園のようだ」とやゆされた。

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