ブーマー(2)酒豪ブラザーズ飲み方半端ないって!

ワンス・アポン・ア・タイム
現役時代のブーマー氏(奥)はバンプ(右)と阪急のマスコットキャラ、ブレービーとたわむれる。バンプは日本になじめなかった(本人提供)

 毎週火曜日に旬な話題をお届けする「サンスポ火曜ワイドスペシャル」。9月は「ワンス・アポン・ア・タイム~昔々の物語」の第2弾、ブーマー・ウェルズ氏(64)編です。阪急などで通算277本塁打を放ち、1984年にNPB外国人選手史上初の三冠王。第2回(全4回)は阪急の誇る!? 「イッキ、イッキ、ブラザーズ」の思い出など、たっぷり語ってくれました。 (聞き手=丹羽政善通信員)

 2年目に三冠王を獲れたのは、それだけ野球に集中できる環境にいたからだと思う。1年目の経験はもちろん大きかったし、日本での生活にもストレスを感じなかった。

 チームや同僚のサポートが大きかったけど、例えば、食事は何でも大丈夫。特にうな重が好物だった。あとは天ぷら。自分でも何回か作ってみたけど、お店のようにカラッと揚がらなかったね。

 料理をするのが大好きなんだ。子供の頃、X脚がひどかったからギプスをはめて生活していた。外で遊ぶことが制限されるから、家で母親が料理を作っているときはキッチンで見ていた。ある程度のものは作れるよ。でも、どうしても天ぷらはダメ。福岡にお気に入りの店があって、カウンターから身を乗り出してマスターの動きを見ていたら「ダメだ、ダメだ」って怒られた(笑)。

 唯一食べられなかったのがふぐ。山田(久志)さんと食べに行ったんだけど、毒があるって脅されて。「ひょっとしたら食べたら死ぬ可能性があるのか?」って聞いたら笑ってる。万が一を考えたら食べられなかった。

 そういえば、こんな冗談を言っていたけど、本当なのかな。ふぐの調理師免許を取るとき、テストがある。自分がさばいたふぐを食べて死ななかったら合格。毒に当たったら不合格。そんな試験、絶対に嫌だ(笑)

 食といえば今井(雄太郎、注1)さんと佐藤(義則、注2)の酒のペースにはついていけなかったな。あるとき2人に誘われて東京で飲んだんだけど、実はそれまでずっと避けていたんだ。彼らの飲み方は半端じゃないから。

 キャンプのときだったかな。練習場に行こうとしたら、ホテルの前にタクシーが止まって、2人が降りてきた。練習が始まる直前まで飲んでいたんだ。そして守備練習が始まったんだけど…。

 投手が投げるまねをして、そのタイミングに合わせてコーチがノックする。捕った投手は二塁に投げるとか、そういう連係プレーの練習なんだけど、佐藤は簡単なゴロを捕れなかった。次も、その次も捕れなかった。

 上田(利治監督)さんが怒って「なにやってるんだ!」と声を張り上げたら佐藤が言ったんだ。「コンタクトレンズをホテルに忘れてきた」。一塁にいて腹を抱えたよ。コンタクトレンズじゃないよ、酔っ払っているからボールが二重にも三重にも見えてるんだ! 他の選手は上田さんが怒っているから神妙な顔をしていたけど、こっちは事情を知っているから、笑いをこらえきれなくて。

 で、次は今井さんの番だ。すると彼はワインドアップをしたときに、その反動で足元がふらついて後ろに倒れそうになった。さすがに上田さんにも事情がばれて、激怒。「出ていけ!」。こっちは腹がよじれるぐらいおかしくて、笑っているうちに涙が出てきた。

 それで、一緒に飲みに行ったときの話に戻るけど、お酒が出てくると、すぐに掛け声がかかる。

 「イッキ! イッキ!」

 ビール、日本酒、ウイスキー…。もう、ずっと「イッキ! イッキ!」ってやる。帰ろうとしたら「ナニィ?」って絡まれる。さすがに途中で逃げたが、彼らは朝まで飲んでいたと思う。それで私は名付けたんだ。彼らのことを「イッキ、イッキ、ブラザーズ」と。

 私と対照的に日本になじめなかったのが、同じ1983年に阪急に入団したバンプ(ウィルス、注3)だったなぁ。あるとき「見ろ」のサインが出ると、バンプは怒ってバットを肩に担いだまま、微動だにしなかった。三振してベンチに戻ったら、上田さんが血相を変えてバンプのところへ歩み寄って、怒っている。バンプは無視して、ダッグアウトからクラブハウスへ続く階段を降りていった。上田さんがそれを追いかけ、コーチ、選手も追いかけた。

 私も行こうとしたんだけれど、次は私の打順だった。主審が「ミスターブーマー、早く」とせかす。でも何かあったら、俺が仲裁に入らなきゃいけない。ダッグアウトと主審の顔を交互に見ながら「チョット、マッテクダサイ」って必死に時間を稼ごうとしたけど、見に行けなかった。裏は、修羅場だったらしい。

 なじめなかったのは彼だけじゃない。多くの外国人選手を見てきた。だから引退して代理人になったとき、適性も考慮した。活躍できるのはランディ・バース(元阪神)にしてもラルフ・ブライアント(元近鉄など)にしても、私にしても、もう後がない選手だ。ハングリーな選手は適応もいとわないし、変なプライドもない。日本へ行けば活躍できるとか、小金を稼ごうという選手は、ダメだった。

 (注1)1971年にD2位で阪急に入団した右腕。78年8月31日のロッテ戦(宮城)で完全試合を達成。最多勝2度、最優秀防御率1度。通算429試合登板、130勝112敗10セーブ、防御率4・28

 (注2)77年にD1位で阪急に入団した右腕。95年8月26日の近鉄戦(藤井寺)でNPB史上初となる40歳以上でのノーヒットノーランを達成。最多勝1度、最優秀防御率1度。通算501試合登板、165勝137敗48セーブ、防御率3・97。引退後はオリックス、阪神、日本ハム、楽天、ソフトバンクで投手コーチを歴任し、次々と優勝に貢献。今季は楽天の1軍投手コーチ

 (注3)83年に阪急に入団した右投げ両打ちの二塁手。レンジャーズではシーズン52盗塁をマークするなど米大リーグ6年で807安打、196盗塁を誇ったが、日本では起用法を巡って上田監督と対立するなど力を発揮できず。84年は日本シリーズの登録メンバーから外れて帰国し、2年で退団。NPB通算203試合、打率・259、16本塁打、81打点、22盗塁

★ベネズエラは時代はマシンガンで警備も

 来日前にはベネズエラでもプレーしたことがあるブーマー氏。「あそこは試合中、スタンドが大騒ぎなんだ。みんなベロンベロンで、ヤジもすごくて、けんかも始まる。そうするといろんなものが飛び交う」と振り返った。「プレーオフではマシンガンを持った兵士がセキュリティーとして雇われていて、けんかが始まるとマシンガンを突きつける(笑)。クリスマスには花火を上げるんだけど、それが低くて近いから、火の粉が客席に降ってきて、危なくて仕方がない」。だからこそ「そんなところで野球をすると、もうどこででもプレーできるよ」と笑顔だった。

ブーマー・ウェルズ(Gregory DeWayne “Boomer” Wells)

 元内野手。1954年4月25日生まれ、64歳。米アラバマ州出身。ブルージェイズ、ツインズを経て83年に阪急入団。登録名のブーマーは『ブームを呼ぶ男』の意味。2年目の84年に打率・355、37本塁打、130打点でNPB外国人選手初の三冠王とMVPを獲得し、リーグ優勝に貢献。87年に打点王、89年に首位打者と打点王。92年にダイエー(現ソフトバンク)に移籍し、打点王を獲得も同年限りで引退。94年にはオリックスの臨時打撃コーチを務め、現在は代理人。現役時のサイズは2メートル、100キロ。右投げ右打ち。

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