大阪桐蔭から11奪三振の高岡商・山田がフル回転宣言 幼少期は野球に拒否反応

球界ここだけの話(1380)
高校日本代表の山田龍聖

 記念すべき100回目の夏の甲子園は大阪桐蔭の史上初となる2度目の春夏連覇、150キロ右腕・吉田(3年)らが巻き起こした“金農フィーバー”などで大いに盛り上がった。その熱気も冷めやらぬまま3日からは宮崎でU18アジア選手権が開幕。高校球児たちの戦いはまだまだ終わらない。

 世代代表には高岡商(富山)のエース左腕・山田龍聖投手(3年)も仲間入りした。今夏は3回戦で8回完投ながら1-3で敗退し、涙をのんだ。

 それでも相手はのちに栄冠を手にする大阪桐蔭で、奪った三振は実に「11」。その強豪からの1投手による2桁奪三振は2012年春の花巻東・大谷(現エンゼルス)の「11」以来。夏では06年の早実・斎藤(現日本ハム)の「12」以来だ。この好投が代表入りの大きなアピールとなった。

 しかし、振り返れば日の丸に袖を通すことになるとは想像できなかった。両親のススメによって野球を始めたのは小学2年のとき。当時からサッカーやバスケなどの球技にも取り組み、楽しそうにボールを追う一方、野球だけは「おもしろくない」と拒否反応を示したのがスタートだった。

 母・恵さんは「無理強いはさせたくなかったので、少しずつ背中を押しながら取り組ませました」。山田はそうした積み重ねに支えられると同時に、当時の指導者から「球が速い」とセンスを絶賛されたことも自信にした。

 周囲の声によって野球のおもしろみも理解し、少しずつ前向きに取り組むことができるようになった。もしかすれば「蹴球男児」として国立競技場を目指していたかもしれない男はいま、大甲子園を経験し、そして高校球児として世界を相手にする投手にまで成長した。

 今回の代表の投手陣では横浜・板川(3年)とともに貴重な左腕で、8月下旬の大学生との練習試合では2試合で計3回を無安打無失点と好調。「救援もあると思う。どんな場面でも対応できるようにやっていく」とフル回転を宣言する“北陸のドクターK”の活躍にも注目だ。(須藤佳裕)

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