歌手、松山千春(69)が15日、FM NACK5「松山千春 ON THE RADIO」(日曜後9・0)に生出演。恩人のSTVラジオのディレクター、竹田健二さん(故人)との思い出を語った。
松山は「東京行って芸能活動だとかそんなことするよりも、北海道に残って普通の生活の中で普通の歌を歌っていきたい。STVの元ラジオディレクターの竹田さんに、『俺は歌を歌うことになっても東京行って芸能活動はしませんよ。ずっと北海道にいたいんですから』って言ったら、竹田さんもそれは理解してくれてな、『何もみんなしてな、歌を歌って芸能人になったら東京で活動しなくてはいけない、そんなことはない。北海道で特にSTVラジオで頑張って活動していこうや』。まあ、その辺から、その前からですね、やっぱり竹田さんとは信頼関係、ああ自分のことを分かってくれる人がちゃんといるんだ」と明かしていた。
松山は1975年に出場した「全国フォーク音楽祭」がきっかけで芸能界入り。審査員を務めていた竹田さんとの出会いによって77年にレコードデビューした。初コンサートのセットリストも竹田さんが考えたが、道内ツアー中の77年8月27日に急死した。
■松山 千春(まつやま・ちはる)本名同じ。1955(昭和30)年12月16日生まれ。北海道足寄町出身。足寄高卒業後、75年に「全国フォーク音楽祭」北海道大会への出場をきっかけに、77年にシングル「旅立ち」でデビュー。以降、多くのヒット曲を生み出す。