タレント、長嶋一茂(59)が6日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜前8・0)で、父でプロ野球巨人終身名誉監督の長嶋茂雄さんが3日に肺炎のため89歳で死去後、初の生出演に臨んだ。
玉川徹氏 「茂雄さんは僕にとっては伝説上の人。一茂さんは身近にいて親しくさせていただいて。でもずっと気になっていて聞けなかったことがある。長嶋茂雄さんという人は昭和を象徴するようなスーパースター中のスーパースター。若いころからずっと。そういう風な偉大な父親をもって生まれてくる自分、息子っていうのはうれしいこともあるかもしれないけど、もしかするとかなりつらい部分もあったのでは。僕が同じ立場だったらと。そんななかであえて野球を選んで。僕は一茂さんに子供のころからそういう辛さみたいなものがほんとはあったんじゃないかと聞きたかったずっと」
一茂 「一概には言えないけど、辛さってさ、みなさんここにいらっしゃる方を含めて試練も必ず来るし、辛いときも悔しいときも悲しいときもさみしいときも、また喜んだり楽しんだりそれはみんな平等にくるものだと僕は思っているんで。その中で僕の辛さが皆さんと比較してどうかっていうのはちょっとお話しずらい。だって僕は玉川さんになれないから。玉川さんも辛いことはたくさんあったと思うけど、それを僕が玉川さんの体に入り込めるんだったらその辛さを感じて自分と比較はできるだろうけど、僕は辛さとか自分の人生の喜びとか幸せっていうのはみなさんに平等に訪れると僕は勝手に思っているので」
(続けて)
「自分だけの辛さがほかの人より辛いってことは僕はないと思ってます。ただ少し父親が偉大過ぎて、もちろん昭和のスターだし。少し他の方とは違う環境ではあったかもだけど、でも別にひとりの人間としてそこは監督と選手の間、父親と息子の間っていうところはそんなに周りの方とみなさんと差異はないと思います」
玉川氏 「あえて野球という道を選んだ。選ばないという選択肢を考えたことは」
一茂 「別に無理やり選んだわけじゃなくて自分が好きだから、野球っておもしろいなって。最初はハンドベースボールから始まって、で三角ベースとかが始まって、で野球に行くんだけど、そういうことをやっていって野球って楽しいなって面白いなって奥深いなって。野球の話をほんとにちょっとだったけど父親とできるのが楽しくて」
(続けて)
「もちろんキャッチボールしてくれるときもあって、小学校の時はほんとに忙しかったと思うけど真っ暗になるまでずっとキャッチボールやったりとか。ひとこともしゃべらなかったけど、キャッチボールだけほんと父親と1時間でも2時間でもずっとできた。俺が当時、自分が机に座って勉強なんて1分もできないんだけど、キャッチボールは2時間でも3時間でもずっと。しかも父親も真っ暗になるまでずっと付き合ってくれた。そういうのが、野球を通じて、野球の基本はキャッチボールだけどそこを通して父親と会話できたっていうのが私の中での最大の思い出。言葉じゃないというのがあったというのが僕の胸にずっと閉まっておこうかなと思います」