ドジャース・野茂英雄投手がピアザらナインらと打ち合わせ(1996年5月撮影) 日本人メジャーリーガーのパイオニア・野茂英雄さんがデビューしてから30年になる。1995年にドジャースへ入団し、5月2日(日本時間3日)に敵地サンフランシスコで行われたジャイアンツ戦で初先発。私は翌96年に初めてメジャーリーグを取材したが、当時は現在とは別世界だった。
95-97年まで野茂さんの通訳だったヤクルト・奥村政之国際グループ担当部長が「Windows95が発売された年ですからね。あれが出て世界が変わりましたよ」と言うように、パソコンが普及していなかったため、日本の情報はほとんど入ってこない。携帯電話も97年ぐらいから小型のものが出始め、奥村部長もそれまではポケベルを持っていたという。
旋風を巻き起こした野茂投手の「トルネード投法」フロリダキャンプではドジャースのベロビーチからヤンキースのタンパや、レッドソックスのフォートマイヤーズに3時間前後かけてレンタカーで移動したが、カーナビもなく、地図を見ながら道を覚えるしかなかった。しかし、私が米国に1年間駐在した2008年にはすでに日本語のナビも搭載されていた。カブスの招待選手でキャンプに参加し、現地で購入した車に乗っていた現ヤクルト監督の高津臣吾投手に「そんなのあるの!?」と驚かれたものだ。
今やニューヨーク、シカゴといった大都市には、日本の焼肉やカレーのチェーン店もあるが、ネットもなかった時代は、日本食店を探すのも一苦労。そして、信じられない話だが、米国でアイスコーヒーは知られていなかった。
現在は大手代理人事務所で働く球界関係者も「98年頃にスターバックスがビンの甘いコーヒーを発売してコンビニに置かれていたが、それまでアメリカ人はコーヒーをアイスで飲むという発想がなかった」と証言。イチローさんがマリナーズ入りした2001年には、スターバックスの店舗がニューヨークなどにあったため、その2、3年で急速に発展したのだろう。
パソコンもないため動画も見られず、楽しみといえばニューヨークやシカゴでレンタルDVD店に行き、日本のドラマや歌番組、バラエティー番組を録画したものを借りてくること。こういった店も08年のときは、まだあった。