■6月5日 陸上の女子100メートル障害がまだ80メートル障害だった時代の名ハードラー、故依田郁子さんをふと思い出した。1964年東京五輪で5位入賞。スタート前、観客注視の中でサロメチール軟膏を顔に塗りたくり、逆立ちして精神統一を図った。陸上女子唯一のメダル候補として期待を一身に浴びながらのルーティンには悲壮感が漂っていた。
依田さんが一輪の花なら60年後の女子100メートル障害は〝百花繚乱〟。日本選手権第3日の決勝は、世界選手権(8月、ブダペスト)の参加標準(12秒78)を突破している福部真子(日本建設工業)や、21年東京五輪代表の寺田明日香(ジャパンクリエイト)ら実力者が出そろった。
期待通りの激しいレースは上位4人が横一線でゴールした。テレビでは寺田が1着、福部はやや遅れて見えたが電光掲示板に一度は福部が1着表示される大きなミスが起きた。日本陸連によると「写真判定員の着順判定中の記録が出力され正式な着順、記録とは違うものが一時表示された」とか。何ともお粗末だ。
優勝のうれし涙もつかの間、4位に終わった福部は3位以内で世界選手権代表内定だった。競技人生を左右しかねない罪な誤表示。寺田が優勝インタビューで「選手はショックを受けるのでしっかり見て判断してほしい」と33歳の最年長らしく苦言を呈したのには感銘した。陸連から一言選手に謝罪があって然るべきだった。
レース後、選手たちは電光掲示板を見上げ何度も抱き合い喜びや悔しさを分かち合っていた。互いの力を認め合ってこその胸に迫るシーン。4人が12秒台のハイレベル。誰が代表になっても依田さん以来の世界の舞台での決勝進出を期待したいものだ。(今村忠)