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【広岡達朗 檄る!】岡田阪神が勝たないといけない 「野球らしい野球」をしているのだから

阪神・岡田監督は「野球らしい野球」をしている。だから勝たなければならない

ヤクルト、西武を日本一に導いた名将で、阪神の臨時コーチなども務めた広岡達朗氏(91)が、野球界へ提言をおくる不定期コラム「檄る!」。いつもは辛口な球界の大御所だが、貯金11でセ・リーグ首位(5月22日現在)を走る早大の後輩、阪神・岡田彰布監督(65)については「野球らしい野球をしている」と評価。野球界のためにも、岡田阪神が「勝つべき」と語った。

昨年、岡田監督が発表されたとき、わたしは「野球を知っている。こうやれば勝てるというのをしっかりと示せばチームはガラッと変わる」と書きました。大いに期待していましたが、ここまでは普通に「野球らしい野球」をしている印象です。元々メンバーは揃っていますし、他のチームを見ていても「岡田が勝つべき」と思う。そういう当たり前の野球を、やれていると思います。

何度も書いてきましたが、人を育てようと思ったら、あちこち動かしていたら育ちません。今年はようやく、中心選手の守備位置を固定して戦っています。佐藤輝も三塁でモノにしようとしている。チームの顔と言うべき選手に簡単に代走や守備固めも送らない。また最近の監督は1点の重みを知らないのか、打っても3割という確率なのに欲をかく野球、大勝したいのかという野球が目につきますが、相手を1点上回ればいいのです。岡田は、そこはわかっていると思いますし、いろいろな面で「野球らしい野球」をやっています。

阪神ドラフト1位・森下翔太はしっかりと育ててほしい

それとルーキーの子、森下(翔太)ですか。いい選手をとったな、とわたしは思います。春季キャンプのときにフリー打撃の映像を何度か見ましたが、惚れ惚れしました。彼は球に対して、逃げない。向かっていく。これは打つことの「極意」。それが自然と出来ていた。チーム事情はわからないし、監督の考えもあるでしょうが、なんで使わないのかな、と思っていました。

先日の広島戦に出て、いいところで打って(注1)、今後どうしていくのか。結果は出なくても、間違いなく資質はあるので、指導者がしっかり育てて欲しい。新人だからまずは好きにやれ、ではなく、考え方や打席での待ち方など、しっかり教えていって欲しいと思います。

これも何度も言っていますが、監督は「俺の言う通りやれば勝てる」という姿勢を常に示していかないといけません。巨人戦で、完全試合をしていた投手を交代させたことがありましたね(注2)。内情を知らない外部のわたしには、なんとも言えません。ただ監督が、そう思ったなら、それでいい。理由を持っていない監督などいないのですから。落合も日本シリーズで完全試合の投手を代えたことがありました(注3)。監督として采配に信念があるなら、それでいいのです。


岡田は65歳ですか。年齢は関係ありませんよ、死ぬまで勉強です。日々勉強していけば、もっといい監督になれますよ。あとは言わずもがなですが、今後チームが好調でも、いかに〝適当にやっている奴〟を見抜いて、ビシッと出来るか。ときには排除できるか。また、中心選手を固定しながらも、常にライバルを作って刺激し続けることも大事です。そして「やって当たり前」の気概を植え付けること。今はいいプレーをしたら、すぐにすごいと褒められるが、プロとして、そのくらいは当たり前という気持ちでプレーをしないといけないですし、させないといけません。

監督は死ぬまで勉強―。岡田はもっといい監督になる

岡田が勝たないと、野球界は落ちる一方です。わたしはそう思っています。正しい野球を示す意味でも、しっかり勝って欲しいと思います。

★(注1) ドラフト1位・森下翔太外野手(中大)はオープン戦から結果を出して開幕スタメンも、11試合で打率・161、0本塁打、5打点と苦しみ、4月17日に登録抹消。5月19日に昇格し、20日の広島戦(甲子園)に「6番・右翼」で出場。0-0の九回2死一、二塁から左翼へサヨナラ打を放った

★(注2) 4月12日の巨人戦(東京ドーム)、先発した村上は七回まで走者を1人も出さない完全投球。岡田監督は1-0の八回に2番手・石井を送ったが、同点弾を浴び、村上のプロ初勝利も消えた(試合は2-1で勝利)

★(注3) 2007年の日本シリーズ(中日-日本ハム)。王手をかけた中日は第5戦で、先発・山井大介が八回までパーフェクト投球。落合監督は九回に守護神・岩瀬仁紀をマウンドに送り、〝パーフェクトリレー〟で日本一を決めた

■広岡 達朗(ひろおか・たつろう) 1932(昭和7)年2月9日生まれ、91歳。広島県呉市出身。呉三津田高から早大を経て54年に巨人に入団。66年に引退。通算1327試合出場、打率・240、117本塁打、1081安打、465打点。76年途中からヤクルト監督に就任し、78年にリーグ優勝と日本一。82年に西武監督に就任し、在任4年でリーグ優勝3度(日本一2度)。95年にロッテGMに就任(96年に退任)。2012、13年にはキャンプで阪神の臨時コーチなども務めた。180センチ。右投げ右打ち

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