WBC2023 決勝の米国戦で本塁打を放った村上宗隆 ■3月25日 桃の節句に88歳で亡くなった大江健三郎さんに一度だけお会いしたことがある。学生の時、母校の大学祭で大江さんの講演を聴いた。ノーベル賞作家になる前、1987年のこと。話の内容は忘れたが、終了後に他の学生らと並んで、持参した著書にサインをもらったことはよく覚えている。筆ペンを持ち、自署だけでなく添え書きまでしたためてくれたのは望外だった。
先日、故人をしのび本を開くとこうつづられていた。<Rouse up,O,Young men of the New Age!-W.Blake 新しい人よ眼ざめよ>。英国の詩人、ウィリアム・ブレイクの詩の一節だ。彼の詩を手がかりに障害を持つ長男イーヨーとの「共生」を描いた大江さんの小説「新しい人よ眼ざめよ」でこう訳している。「眼ざめよ、おお、新時代(ニュー・エイジ)の若者らよ!」。
核の傘が世界を覆う不確かな未来を生きる新しい人に向けて、大江さんは自署にその一文を添えたのだろう。小欄が大江さんの心の呼び掛けに応えられたかどうかは怪しいが、大谷翔平がワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で見せた「魂の叫び」は、多くの新しい人を眼ざめさせたはずだ。
WBCで侍ジャパンの指揮を執った栗山英樹監督がダルビッシュや大谷を代表に呼んだ口説き文句は、少年野球人口減少への危機感だったという。村上宗隆は2009年大会での日本の優勝に心躍り、小学校の卒業文集に「WBCに選ばれて世界でかつやくしたい」と記した。数々の熱戦や大谷VSトラウトという劇的な幕切れに心を揺さぶられ、野球選手になりたいと思った少年は少なくないだろう。第二の村上宗隆の出現を望む。(鈴木学)