■1月28日 学生時代、その人は椎名誠の著書に出てくる活字の中の人だった。その人が社長を務める「本の雑誌」に親友が入社して親しみが生まれ、小欄が競馬記者になると血の通った人として目の前に現れた。
本と競馬について特に冗舌だったが、スタンスは正反対。本が書斎派なら、競馬は現場派だった。馬友(先の親友もその一人)と競馬場へ繰り出し、早朝から並んで取った指定席で馬券を買って観戦した。
歌舞伎の掛け声よろしく、本命にした馬への声の掛け方(例えば、馬名ではなくて騎手の名前を呼ぶ)や発するタイミングといった競馬場での所作に一家言あった。それらを交えた馬券の悲喜こもごもを、藤代三郎の名前で僚誌・週刊ギャロップの連載「馬券の真実」で毎号休むことなく披露していた。
同誌「エッセー大賞」の選考では「病気や死がメインのお涙頂戴ものは却下」という姿勢を貫いた。「病気や死で感動させるのは反則。競馬エッセーなんだから、競馬のエピソードで感動、感心させてほしい」。そこに書評家、北上次郎としての矜持(きょうじ)を見ていた。
本と競馬を愛した目黒考二さんが19日、肺がんのため76歳で亡くなった。大腸の病気で検査入院したと聞いていたので、すぐにも執筆活動を再開すると思っていただけに…。遺稿となってしまった1504回目(!)の「馬券の真実」にこうある。〈普段は馬券が当たらないことに文句を言ったりしているが、毎週元気で馬券を買っている日々こそ、極上の日々なのである〉。死期が近いのを自覚していたようにもみえる。それを周囲に隠して逝ったのは、目黒さんの矜持だったのか。天国でも読書と競馬を楽しんでください。(鈴木学)
この記事をシェアする