阪神・藪恵壹投手(左)は定詰雅彦捕手と握手(1997年4月13日撮影) サムライブルーのワールドカップは幕を閉じた。世界一を決める戦いはまだ続くけれど…。
野球ばかりを取材してきた記者の立場としてはうらやましいぐらいの盛り上がりだ。「新しい景色」「ブラボー」「俺のコース」「奇跡ではなく必然」…。名言(?)がいくつも誕生した。
中でも「三笘の1ミリ」は衝撃的。サッカー界に「1ミリの世界」をもたらしたのが、新たに導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)だった。
当然のように、この最新兵器が野球界に導入されたらどうなるんだろうか? と考える。野球ファンなら誰でも考えているだろう。
日本のプロ野球もリクエスト制度が導入され、リプレー検証が行われている。とはいえ、カメラの台数、精度の問題もあって、映像をいくら見返しても、「どっちなんだい!」と言いたくなるケースのほうが多い。「微妙な時は審判の判定通りになる」という原則があるため、解説者が「この映像では分かりませんから、判定は変わりません」と早々と宣言したりする。
もし、世界を納得させた「三笘の1ミリ」のような決定的証拠を示せるのなら、誰も文句は言わなくなる。可能なら、やればいいと思う。アウト、セーフに駆け引きはない。真実かどうかだ。ホームランか、そうでないか。これも真実は1つ。最新兵器はお金がかかり過ぎて、当分は無理のような気もするが…。つまり、当分は、なんとなくファジーな状況は続くのだろう。
ただ、個人的には「ストライク」「ボール」の判定だけは、人間の目に託してもらいたいと思っている。抜群の制球を誇る投手が、ギリギリに投げ込む。球審が自信を持ってコールする。そこには、駆け引きが存在するから。
その昔の甲子園球場。阪神の先発投手はロッカーを出て、一塁側ベンチに向かう途中で、必ず立ち寄る場所があった(現在は構造が変わっているけれど)。そこのボードには、当日のスタメンが貼られている。先発投手の目的は〝それ〟ではない。その日の球審の名前を確認するのだ。
暗黒時代のエース(不本意だろうが)と呼ばれる藪恵壹がよく教えてくれた。
「審判の傾向は頭に入っていますから、それによって、投球も変わるんですよ」
外角に厳しかったり、低めに甘かったり。個人差は必ずある。この球審で、この打者なら、このコースへ…。人間味あふれる駆け引きは、野球の楽しさの1つだと思う。
ある時、藪投手がボードを見ながら小さくガッツポーズする瞬間を目撃した。登板前の先発投手が、だ。
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