東京パラリンピックの閉会式の最後に表示された「ARIGATO」の文字

多様性を象徴するレインボーカラーで描かれた「ARIGATO」の言葉を残し、東京2020大会が閉幕して10日となる。2005年、石原慎太郎東京都知事の招致決断当初から事情を知る者には複雑な終焉(しゅうえん)である。

開催してよかったという感慨と、こんなはずではなかったとの思い。新型コロナウイルスの影響は計り知れない。

開催への不安と調整不足…。困難を乗り越えて参加した選手たちの活躍は称賛に余りある。「楽しい」というスポーツの原点を再発見させてくれた10代のオリンピアン。パラリンピアンは人間が本来持つ能力の可能性を示した。そして前線の医療関係者や運営スタッフ、ボランティアの貢献と感謝する選手たち。無観客であっても、中止ではあり得ない光景があった。

一方、コロナ感染拡大と対策の遅れが人々の不安を招き、組織委員会の相次ぐ不手際は不信感を増幅した。大会は負のイメージをまとい、選手は誹謗(ひぼう)中傷の的、社会を分断しかねない事態となる。政府や組織委員会が情報開示を進め、明確に説明していれば事態は変わっていたかもしれない。

これから検証が進む。東京開催でやろうとしたこと、例えば「持続可能な開発目標(SDGs)」や「共生社会」の実現に向けた活動など、何ができて何ができなかったのか。なぜできなかったのか。丁寧に検証する必要がある。コロナ下で開催した意義にも関わる。

オリンピックの理念、あり方、財政問題を含む開催都市負担の大きさ、異常事態への対処などを検証。大規模イベントのあり方を国際社会に提言しなければ、あえて開催した意味はない。

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