道下(左手前)は伴走の青山さんと浅草寺の雷門前を疾走した

東京パラリンピック最終日・陸上(5日、オリンピックスタジアム)マラソン女子(視覚障害T12)は世界記録保持者の道下美里(44)=三井住友海上=が、3時間0分50秒の大会新記録で金メダルを獲得。銀メダルだった2016年リオデジャネイロ大会に続き、表彰台に上がった。五輪同様に新型コロナウイルスの影響で1年延期となり、緊急事態宣言下で原則無観客の開催だった第16回夏季パラリンピック東京大会は、東京・国立競技場で閉会式が行われ、13日間の戦いに幕を下ろした。次回は24年にパリで開催される。

分厚い雲の隙間から国立競技場に光が差した。女王を祝福するかのように太陽がパッと主役を照らす。その瞬間、道下がゴールに飛び込んだ。フィニッシュテープに触れると、両手を広げてほほ笑んだ。3時間0分50秒。大会新記録で金メダルを手にした。

「5年前の忘れ物を取りにいこうとスタートラインに立ち、しっかりテープを切れた。ああ、これが夢に見た舞台、幸せだなと。(ゴールの瞬間まで)太陽も出るのを待っていてくれたのかな」

2時間54分13秒の世界記録を持つ44歳は、東京都内の名所を巡る42・195キロのコースを伴走者とともに駆け抜けた。勝負は雨があがった30キロすぎ。後半の伴走を務めた志田淳さんは、2位のパウトワ(RPC)が給水で後れをとるのを確認すると、道下に声をかけた。「いけるか?」。144センチの小柄なランナーは「いける!!」と即答し、ギアチェンジした。ピッチを上げて突き放し、そのまま独走。3分26秒差をつけ、ゴール後は志田さんと抱き合い、涙を浮かべた。

金メダルを手にした道下。仲間の支えに感謝した (撮影・桐原正道)

難病の膠様(こうよう)滴状角膜ジストロフィーの影響で、中学2年時に右目を失明。25歳で左目の視力もほとんど失った。31歳でマラソンを始め、初出場した2016年リオデジャネイロ大会は銀メダル。目標の「金」に届かず、悔し涙を流した。「東京では金メダルを」。雪辱を誓った。

三井住友海上の九州本部業務グループに所属する道下。金メダルへの道のりには練習を支える約12人の市民ランナー「チーム道下」の存在が欠かせなかった。視覚障害の道下は一人で走ることができない。そのため、目の代わりとなる伴走者のサポートを受ける。「きずな」と呼ばれる伴走ロープを互いに握り、歩調を合わせて拠点とする福岡市の大濠公園を疾走する。

コロナはそんな日常を奪った。仲間と一緒に走れない日が続いた。困難の中、「目が不自由になったときも何もできなくなったな。初心に戻ろう」。できることを探した。一人でも「知っている道なら歩ける」。自宅近くの一本道をひたすら往復。3時間以上歩き続けた。自宅の庭では1日1000回を目標に踏み台の上り下りを繰り返した。座右の銘は「逆境のときにどう生きるかで人の真価が問われる」。視力を失い、一度はふさぎこんだ。暗闇からはい上がった強さが、道下にはあった。

「チーム道下」と離れた時期があったからこそ「皆と一緒に目標をかなえたいという気持ちが強くなった」という。「最強の仲間と伴走者がいたから(頂点に)たどり着けた」。大会最終日。道下は仲間と進んだ金メダルロードを、トレードマークの笑顔で締めくくった。(武田千怜)

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