浜田(左)は決勝でマロンガを寝技に持ち込んだ (撮影・納冨康)
金メダルの浜田尚里=29日、日本武道館(撮影・納冨康)

東京五輪第7日・柔道(29日、日本武道館)〝寝技の浜ちゃん〟が五輪女王!! 女子78キロ級は初出場の浜田尚里(しょうり、30)=自衛隊=が決勝で2019年世界選手権優勝のマドレーヌ・マロンガ(27)=フランス=に一本勝ちし、金メダルを獲得した。寝技を生かし、初戦の2回戦から全4試合で一本を奪った。この階級の優勝は04年アテネ五輪の阿武(現園田)教子以来。今大会の日本女子で3階級目の優勝で、男女合計8個の金メダルは04年アテネ大会に並ぶ最多。

アリ地獄のように、狙った獲物は逃さない。持ち味の寝技で宿敵を次々と沈めた。初出場の浜田が日本武道館の畳を支配した。決勝は開始11秒、攻防からマロンガを崩し、そのまま寝技に持ち込んだ。崩れ上四方固めで1分9秒、勝負あり。遅咲きの30歳は畳を下りると、目を潤ませた。

「練習してきたことが全部出せた。得意の寝技で勝ててよかった。(決勝は)狙っていた。絶対に逃さない、と思った」

寝技師ぶりを発揮した。2回戦は隅落としと横四方固め。準々決勝はともえ投げで技ありを奪い、最後は送り襟絞め。準決勝は腕ひしぎ十字固め。元世界女王同士の決勝は、2勝4敗と分が悪いマロンガを撃破。4試合オール一本勝ち。合計わずか7分42秒での完勝だった。

30歳307日での五輪金メダル。2008年北京五輪男子66キロ級で2連覇した内柴正人の30歳54日を抜き、日本柔道最年長記録だ。今大会の日本勢ではただ一人の30代が、ようやくつかんだ夢舞台で頂点に立った。

寝技一筋の柔道人生だった。世界が「アリ地獄のようだ」と称賛する寝技の原点は、鹿児島南高時代だ。無名だった1年の夏、毎日、誰よりも早く午前6時半頃に柔道部の合宿所を出た。午前7時半からの朝練まで、道場に備え付けてあるテレビにくぎ付けになった。繰り返し見たDVDは、柏崎克彦氏監修の「寝技で勝つ柔道」だった。

女子78キロ級準決勝 ドイツのアナマリア・ワーグナー(下)に関節技で一本勝ちした浜田尚里=日本武道館

目に焼き付いたシーンがある。1981年の世界選手権男子65キロ級決勝。柏崎氏がともえ投げで崩した後に逃げ回る相手に次々と技を繰り出す。最後は横四方固めで抑え込んだ。「寝技で相手が逃げて抵抗するけど、最後抑え込んで勝つのがすごかった」。先輩と1時間ぶっ通しで組み合ったこともある。3年生の全国高校総体で準優勝すると、強豪の山梨学院大から声がかかった。

4年時に「寝技の幅をつけるため」と山部伸敏女子監督(52)からロシア生まれの格闘技「サンボ」の挑戦を勧められた。「食いつくかな? と思ったけど、最初は『ぽかん』としていた」(山部監督)。浜田は最初、乗り気ではなかったというが、練習の合間にレスリング場でサンボを学び、魅了された。

13年にサンボの本場、ロシアでの合宿に参加し、14年にサンボの世界選手権を制覇。「幅が広がった。絞め、関節、抑え込みと全てやる」と実感した。柔道でもサンボで身につけた関節技などを駆使し、18年に世界選手権で初出場V。技術を磨き、栄冠をつかんだ。

「絶対に金メダルを取りたい、という気持ちでやってきた。技術は良くなると思っている」

鹿児島南高時代に衝撃を受けた映像のように寝技で輝いた。一芸を追究した浜田は表彰台の真ん中で、にっこり笑った。(石井文敏)

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