男子決勝、波を攻める五十嵐カノア=釣ケ崎海岸サーフィンビーチ

東京五輪第5日・サーフィン(27日、釣ヶ崎海岸サーフィンビーチ)男子で五十嵐カノア(23)=木下グループ=が銀メダルを獲得した。準決勝でプロ最高峰チャンピオンシップツアー(CT)年間首位に立つガブリエウ・メジナ(27)=ブラジル=に0・24点差の17・00点で競り勝ったが、決勝でCT年間2位のイタロ・フェヘイラ(27)=ブラジル=に8・54点差の6・60点で敗れた。初代王者には届かなかったが、世界トップの実力を見せつけた。

決勝後、千葉県一宮町の釣ケ崎海岸サーフィンビーチへ上がると振り向き、膝を突いて海への感謝の思いを伝えた。五十嵐は決勝でフェヘイラに完敗。目を真っ赤にして、言葉を詰まらせた。

「(周囲に)力をすごいもらってメダルを取れたのはうれしいけど、悔しい。(決勝は)リズムが見つけられなかった。コンディションが変わってプランが合っていなかった」

東京五輪で初採用されたサーフィン。台風8号の接近で28日に予定されていた決勝が一日前倒しに。千葉県北東部に波浪注意報が発令され、海上の最大風速は18メートル(午後3時から6時)、波の高さは4メートル。初代五輪王者を懸けた戦いは、荒波の中で行われた。

優勝候補、メジナとの準決勝残り8分。「一生忘れない」という瞬間が訪れた。勢いよく波から飛び出すと、空中で横回転する「エアリバース」を決めてメダルを手繰り寄せた。相手は開始直後に空中技で8・33点を出し、畳み掛けるように4本目で8点台を加えた。窮地の五十嵐を救ったのは「毎日トレーニングしている」と胸を張る代名詞の空中技だ。荒れた海で一瞬の好機をつかみ、「日本のために(メダルを)取れたことがうれしい」と息をついた。

サーフィン男子で銀メダルを獲得し、笑顔を見せる五十嵐カノア=釣ケ崎海岸サーフィンビーチ

日本人の両親の下、米カリフォルニア州で生まれ育った。白人が多い町で幼少期は「いつもアウトサイダーだった」と疎外感を味わった。癒やしてくれたのが、小学校から見える海で行われたサーフィンの授業。「その時はみんなと溶け込むことができた」。海は、ハワイ語で「自由の人」を意味する自らの名前を体現できる場所だった。

2016年8月、サーフィンの五輪採用が決定。両親は当初、息子が米国代表を目指すと考えていたという。だが本人は、採用前から思いを固めていた。国際サーフィン協会のアギーレ会長と会った際「東京に来るなら、僕は日本代表で出る」と宣言。両親への感謝と、母国の期待と責任を背負う覚悟があった。

テニス女子の大坂なおみ(23)=日清食品=が聖火台に点火し、バスケットボール男子の八村塁(23)=ウィザーズ=が開会式で旗手を務めた。今大会の開催理念の「多様性と調和」を象徴する同い年のスター選手に続き、2つの〝母国〟を持つ五十嵐が存在感を放った。

「銀メダルはモチベーションになる。俺のカフェインになる」と絞り出すと、視線をパリに向けた。

■大会方式

男女とも20人が出場。4人ずつ5組に分かれた1回戦の各組1、2位が3回戦に、同3、4位が2回戦に進む。2回戦は5人ずつ2組に分かれ、各組1~3位が3回戦に進む。同4位は17位、同5位は19位となる。3回戦以降は対戦方式のトーナメント戦になる。

1回の試技で5人の審判員がスピードや力強さ、乗る波の難度や技の斬新性など5項目を基準に採点する。各審判員は10点満点で、最高と最低を除いた3採点の平均が選手の得点となる。

選手は各ラウンドで、いい方から2試技の合計得点(20点満点)で競う。

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