最後の演技を終え、ガッツポーズする西矢椛=26日、有明アーバンスポーツパーク(川口良介撮影)

東京五輪第4日・スケートボード(26日、有明アーバンスポーツパーク)日本最年少金メダリストが誕生!! 女子ストリートで西矢椛(もみじ、ムラサキスポーツ)が15・26点で頂点に立った。13歳10カ月での優勝は、1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎを14歳で制した岩崎恭子の日本選手最年少メダル記録を更新。25日に男子ストリートで初代王者となった堀米雄斗(22)=XFLAG=に続き、ニューヒロインが誕生した。

ちっちゃいスケートボーダーが、でっかい夢をかなえた。まだ13歳。笑顔で滑り続けた少女の表情は、金メダルが決まると泣き顔に変わった。「最年少記録」と言いたかったのだろう。西矢は初々しく快挙をかみしめた。

「『最新記録』だと思うんですよ、金メダル。それがうれしいです」

1992年バルセロナ五輪で刻まれた岩崎恭子の日本最年少メダル記録、14歳を塗り替えた。五輪競技には珍しく参加選手の年齢制限がなく、平均年齢は出場20人が21・7歳、メダリスト3人が14歳。米国で発祥した若者主体の五輪新競技は、もはや日本のものなのか。初代王者になった22歳の堀米に続き、大阪生まれの中学2年生がニューヒロインとなった。

一発技を競う「ベストトリック」は、出だしの2本でミスが続いた。「もう勝てないと思った」。諦めかけた心を奮い立たせたのは、無観客の場内にこだました仲間たちの声。性別や年齢を問わず、誰もが自由に楽しめるのがスケートボードの文化だ。

「みんなが『おー』って言ってくれて、それが楽しいから笑顔になった」。155センチ、45キロ。安全のため18歳以下に着用を義務付けられたヘルメットをかぶり、段差の高い階段に添えられた大きな手すりを使って多彩な技を繰り出した。

愛好家の父・翔さん(39)と2学年上の兄・颯さん(16)から影響を受け、小学1年で本格的にボードに乗った。練習場は故郷の松原市内にある「スポーツパークまつばら」。毎日3-5時間滑り込んできた。一昨年に世界のトッププロが集まるXゲーム米国大会で2位に入り、今年6月の世界選手権でも銀メダルを手にして有力選手に躍り出た。

センス抜群だ。日本代表の早川大輔コーチは「板に乗る感覚がずば抜けている。基礎がしっかりしている」と評する。国際大会で他国の指導者が「素晴らしいタレントを持っている」とうらやむほど。体幹が強く、大技を繰り出しても簡単に軸はぶれない。

携帯型音楽プレーヤーの初代「iPod touch」と同じ2007年生まれ。銅メダルを獲得した16歳の中山楓奈と試合中に「ラスカルの話をしていた」という。名作アニメ「あらいぐまラスカル」のことか、英歌手のことか。お笑いコンビの千鳥が好きで、ユーチューブやSNSを見て息抜きする。ご褒美として「焼き肉が食べたい!」と無邪気に笑った。

名前の「椛」には「木に花が咲くように力強く生きてほしい」との願いが込められている。3年後の祭典も勝つ気満々。「パリ五輪に出て優勝したい。世界で知らない人がいないくらい有名になりたい」。東京で芽吹き、未来で咲き誇る。(鈴木智紘)

★五輪の最年少での金メダルは

1936年ベルリン大会で飛板飛込のマージョリー・ゲストリング(米国)が記録した13歳267日。日本選手では92年バルセロナ大会で競泳女子200メートル平泳ぎを制した岩崎恭子の14歳6日が最年少記録だった。13歳330日の西矢はゲストリングの記録には63日及ばなかったが、岩崎の記録を41日塗り替えた。なお、2位のレアウ(ブラジル)も13歳。表彰台に上がった3人の平均年齢は14歳191日で、五輪史上最年少となった。

西矢 椛(にしや・もみじ)

 2007(平成19)年8月30日生まれ、13歳。大阪・松原市出身。松原西小―松原中在学。父と兄の影響で7歳のときに本格的に競技を始める。2019年に世界最高峰のXゲーム米国大会で2位となり、21年の世界選手権(ローマ大会)でも銀メダルを獲得。155センチ、45キロ。


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