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福島の農業復活へ、16歳から45歳にバトン 聖火リレー

地元の福島県葛尾村で聖火ランナーを務めた高校1年生の佐久間亮次さん(左)。将来は父、哲次さんの後を継ぎ、酪農家となることを目指している(本人提供)
福島市内で明治時代から続く果樹園の5代目として、世界一の桃づくりを目指す古山浩司さん(AP)

 25日に始まった東京五輪の聖火リレーで、福島・葛尾(かつらお)村では「福島の農業復活」を訴えるランナー2人が聖火をつないだ。同村で実家の酪農を手伝っている高校1年の佐久間亮次さん(16)は、「葛尾村を支える農業を知ってほしいと思って走った」と力を込めた。

 震災時は幼稚園児だった。福島第1原発事故で全村避難となり、茨城、群馬、福島県内を転々と避難生活を送った。実家の佐久間牧場で約130頭いた乳牛は震災で全頭失ったが、父の哲次さん(45)は2016年に帰村して酪農を再開させた。

 「村では今も80歳や90歳のおじいさん、おばあさんが田んぼ(作業)をやっている。受け継いでいかなければ」と亮次さん。現在は県立岩瀬農業高(鏡石町)で寮生活を送りながら週末は実家に戻り、朝5時起きで牛の世話を手伝う。「牛はかわいい。うちの牛乳を世界の人に飲んでほしい」と笑みを浮かべた。

 若き酪農家から聖火を受けたのは福島市で名産の桃を育てる果樹園の5代目、古山浩司さん(45)。「福島の一次産業の代表のつもりで走った」と心境を吐露した。

 原発事故後は桃の価格が5キロ100円まで下落。周囲では収穫も諦めて木の上で腐らせ、廃業する桃農家が相次いだ。「辛かったのは、命を絶つ仲間もいたこと」。だが、三陸沿岸の漁業関係者らと協力して復興に取り組んだ。ミネラルを含んだウニの殼を土にまくなど試行錯誤を重ね、今では「世界一の糖度」と自慢の桃に胸を張る。

 風評被害の払拭にも奔走。「子供たちが農業をやりたいと夢を見られる未来づくりを果たしていきたい」と前を向いた。(丸山汎)

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