ロッテのドラフト1位・佐々木朗希投手(18)=大船渡高=が9日、「母の日」を前に、女手一つで育ててくれた母・陽子さん(46)への思いを語った。球団公式YouTubeチャンネルで公開されたストレッチ動画の第4弾で明かしたもので、少年時代の初々しいエピソードも披露。新型コロナウイルスの感染拡大で自宅待機中の子供たちにも「気持ちは必ず伝わると思うので、何かプレゼントをしてほしい」と呼び掛けた。
お母さん、ありがとう-。少年時代から憧れだったプロ野球選手となり、初めて迎えた「母の日」に佐々木朗は、陽子さんに伝えたい言葉があった。
「今、こうやってプロ野球で野球ができているのは母のおかげだと思っています。本当に感謝をしています。ありがとう」
佐々木は岩手・陸前高田市で2001年11月に3人兄弟の次男として誕生。小学3年時に東日本大震災で父・功太さん(当時37歳)と祖父母を失い、家も津波で流された。悲しみの中、ときには父親役となって、育て上げてくれたのが、陽子さんだった。
移り住んだ大船渡で迎えた、小学4年の「母の日」は、100円ショップでタオルハンカチを購入した。「100円なので、喜んでくれないかなあと思ったのですが、とても喜んでくれたのを鮮明に覚えています。プレゼントは値段ではなく、気持ちが大事なのだと思った」。ハンカチを手にした母の笑顔は今も脳裏に焼き付いている。翌年5月の母の誕生日には、ガレージに隠していたロールケーキを夕食後にサプライズで手渡した。
成長期の中学時代は、股関節痛や腰の疲労骨折などで満足にプレーができなかった。そんなとき、前向きにさせてくれたのは母の笑顔と栄養面も考えた手料理だった。大船渡高時代は163キロをマーク。190センチ、85キロとたくましい体に成長し、プロ入りの夢をかなえた。昨年10月18日のドラフト会議後に「たくさん迷惑をかけてしまったけど、しっかりその分は恩返ししていきたい」と誓った母への思いは忘れていない。