まだ20代の頃だ。先輩記者との食事後、「いつもお世話になっているので、きょうは僕に払わせてください」と伝票に手を伸ばしたら、ぴしゃりと断られた。
「気持ちはうれしいけど、何か返そうなんて思わなくていい。いつか後輩におごってやれ。俺も先輩記者から、そう教えられた」
何十年も前のことを思い出したのは、米大リーグ・レンジャーズの秋信守外野手(37)のコメントがきっかけだった。
「(韓国から)渡米してきた20年前は何もなかった。野球のおかげで、たくさんのものを得られた。そのお返しをしたい。だれかをサポートできるだけ、自分は恵まれている」
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、メジャーリーグだけでなく、マイナーリーグも開幕を延期。秋信守は自軍傘下のマイナーリーグに所属する191選手に対して、1000ドル(約11万円)ずつの支援を申し出た。総額にして約19万ドル(約2100万円)。さらに、多くの感染者が出た韓国・大邱にも20万ドルを寄付した。
18歳だった2001年に渡米してマリナーズ入り。トレード先のインディアンスでレギュラーに定着するまで7年かかった。「(マイナーリーグの待遇が)15-20年前よりマシになったのは知っているけど、それでも厳しいのは変わらない。特に金銭面はね」。最初の子供が生まれた05年は生活が苦しく、球団から支給された食事代(日当)を浮かせてオムツ代に回したという。
最下級のマイナーリーグの週給は290ドル(約3万円)。野球だけでは生活できず、オフにアルバイトをしている選手も多い。1000ドルでも大助かりだろう。
米国では感染拡大とともにアジア系への差別が深刻化。選手でさえ身の危険を感じる中、顔さえ見たことのない若手にまで救いの手を差し伸べた行為が、次世代へと継承されることを願う。
■田代 学(たしろ・まなぶ) サンケイスポーツ編集局次長。1991年入社。プロ野球や五輪担当などを経て、2001年から13年11月まで米国駐在の大リーグ担当キャップ。全米野球記者協会の理事や、13年ワールドシリーズの公式記録員を日本人記者で初めて務めた。米国での愛称は「ガク」。