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ヤクルト最速10勝日本一発進!村上が決勝3号、97年ノムさん舞い以来の開幕ダッシュ

村上が五回に決勝弾。ベンチで出迎えた青木(右)とともに歓喜の雄たけびを上げた(撮影・長尾みなみ)

 (セ・リーグ、巨人6-11ヤクルト、3回戦、ヤクルト2勝1敗、14日、東京D)ヤクルトは14日、巨人3回戦(東京ドーム)に11-6で大勝し、首位の座をキープ。日本一に輝いた1997年以来、22年ぶりに両リーグ最速で10勝に到達した。絶好調の打線は同点の五回に村上宗隆内野手(19)が、特大の3号ソロを放つなど、3本塁打が飛び出し、今季最多の17安打で巨人投手陣を粉砕した。2016年4月14日に発生した熊本地震から3年。火の国出身の若き大砲が、故郷に元気な姿を届けた。

 日曜日の東京ドーム。スタンドを埋めた4万3021人の観衆がどよめいた。6-6の同点で迎えた五回。先頭の村上が、巨人2番手の宮国が投じた141キロの直球を捉えた。打球はグングンと伸びて、バックスクリーン右に飛び込んだ。

 「一回2死満塁のチャンスのときに打てなかったので、何とか挽回できてよかった。あの打席は思い切って打とうと思っていた」

 特大の3号ソロ。貴重なアーチで勝ち越すと、小技を絡めて、2得点。七回も西田、山田哲の適時打で2点を奪うなど、打線がつながり、今季最多の17安打で11点だ。2日連続の2桁安打、2桁得点で1997年以来、22年ぶりに12球団最速で10勝に到達した。


 97年は野村監督の下で開幕から首位を譲ることなく、2年ぶり5度目のリーグ優勝と4度目の日本一に輝いた。MVPは捕手の古田。ホージーは38本塁打を放った。宮本、土橋、飯田らも活躍し、投手陣は田畑が15勝、吉井が13勝を挙げるなど、チーム全体が機能した年だった。

 殊勲の一打を放った19歳には、どうしても打ちたい理由があった。2016年4月14日、地元の熊本で震度7の大地震が発生した。当時は九州学院高の2年生。練習後に自転車で自宅に帰る途中だった。

 村上は「本当は地震のことをいうのは嫌なんです…」と前置きしながら、「揺れの恐怖。一日一日、生きているということを感じていました」と当時を振り返った。

 熊本市周辺では家屋が倒壊し、母校の体育館は被災者の避難場所だった。あれから3年-。復興に向けて、動き始めた故郷に、元気な姿を届けたかった。

 プロ2年目で初の開幕スタメンを勝ち取った。ここまで全15試合に先発出場し、打率・192、3本塁打、7打点。苦しみながらも、19歳は一歩ずつ前に進んでいる。

 今季最初の首位攻防戦で巨人に勝ち越し、貯金は5。開幕からセ5球団との対戦が一巡し、4カードで勝ち越した小川監督は「首位というのは気にしないことはないけれど、まだ始まったばかり。勝ち越したことは自信にしていいと思う」とチームを引き締めた。

 97年の日本一から22年。当時と同じ、猛練習で鍛え上げられた燕軍団は、4年ぶりのV奪還に突き進む。 (横山尚杜)


「(ヤクルト打線は)個人個人もすごいけど、チームバッティングもしてくるので、すごく強力」

★1997年のヤクルトVTR

 野村克也監督就任8年目のシーズン。開幕戦で、広島から移籍した小早川が巨人の斎藤雅から、開幕戦ではリーグ史上2人目となる3打席連続本塁打を放ち、快勝。その後も野村ID野球で圧倒的な力の差を見せ、開幕から一度も首位から陥落せず、2年ぶり5度目の優勝を飾った。9月2日の横浜(現DeNA)戦では、石井一がリーグ27人目のノーヒットノーランを達成。捕手の古田がMVPを獲得し、ホージーが38本で本塁打王に輝いた。日本シリーズは西武と対戦。4勝1敗で撃破し、2年ぶり4度目の日本一を手にした。

 〔1〕ヤクルトが12球団最速で10勝(5敗)に到達。ヤクルト(前身球団を含む)の両リーグ10勝一番乗りは、1951年(最終順位は5位)、97年(同1位)に次いで、22年ぶり3度目。

 〔2〕ヤクルトのセ・リーグ10勝一番乗りは、51年(同5位)、66年(同5位タイ)、95年(同1位)、97年(同1位)、2011年(同2位)に次いで8年ぶり6度目。リーグ優勝した95、97年は日本一にも輝いている。

 〔3〕ヤクルトの開幕15試合以内での10勝到達は、51年(10勝4敗)、95年(10勝3敗)、97年(10勝2敗)に次いで4度目。

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