2017年6月、キリンチャレンジ杯で本田(右)に指示を出すハリルホジッチ監督。W杯直前の解任に、列島には衝撃が走った 日本サッカー協会は9日、東京都内のJFAハウスで緊急記者会見を開き、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督(65)の解任を発表した。田嶋幸三会長(60)は監督と選手側の不協和音を理由に挙げ、3月のベルギー遠征での選手の反乱が決め手となったことを示唆した。後任にはJ1・G大阪などで監督を務め、現日本協会技術委員長の西野朗氏(63)が就任した。W杯開幕まで65日、開催年に代表監督を解任するのは日本初。
報道陣260人。テレビカメラ15台。JFAハウスの会見場は、あふれかえる人で足の踏み場もなかった。無数のフラッシュがたかれる中、ハリルホジッチ監督の電撃解任に踏み切った田嶋会長はまず、コップの水を一口飲み込んだ。
「選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきたこと。そして、今までのさまざまなことを総合的に評価してこの結論に達した」
7日に極秘渡欧。パリ市内のホテルで同監督と待ち合わせ、契約解除を通告した。決断に至った最大の決め手は、3月のベルギー遠征での選手たちの反乱だ。
W杯出場を逃したマリ、ウクライナを相手に1分け1敗。「縦に速い攻撃」を強いるベンチの采配に、選手は取材の場で「ボールを保持するオプションも必要」「いい子ばかりではいけない」などと一斉に不満や疑問の声を挙げた。これに指揮官が「外部に発言するのは良くない」と応酬。不和が一気に表面化した。
この状況を「むざむざと見ているわけにはいかなかった」という田嶋会長は、W杯ロシア大会が約2カ月に迫る中、苦渋の決断を下した。
伏線はあった。ハリルホジッチ監督はハビエル・アギーレ前監督が八百長疑惑で解任されたのを受け、2015年3月に就任。6大会連続6度目のW杯出場という第一の目標はクリアした。しかし、その後は本大会に向けてメンバーを固定できず、強化試合でも結果が伴わなかった。
独断専行タイプの言動に一部スタッフは困惑。人気選手を外すメンバー選考はスポンサーの不評を買った。Jリーグを欧州サッカーと比較して批判を続けたことも協会幹部の怒りを呼び、解任論がくすぶり続けた。
田嶋会長は「新しい監督には内部からの昇格しかない」と西野朗技術委員長に打診し、了承を得た。G大阪などを率いJ1歴代最多270勝を誇る西野氏は、すでに協会やJリーグの役職を辞してコーチ人事に着手。協会を通じ「現状況を打破することが第一義だと判断した」とコメントした。12日に就任会見を開く。
W杯出場決定後に代表監督を解任するのは日本初で、本番2カ月前は世界でも例がない。W杯イヤーの解任は他国で過去5度の例があるが、すべて1次リーグ敗退に終わっている。
田嶋会長は「1%でも2%でもベスト16に入れる可能性を上げる選択をした」と強弁したものの、データが示す確率は0%。日本を待ち受けるのはいばらの道だ。ベスト16を逃した場合の自身の責任については、同会長は「やめる、やめないを軽々に言うつもりはない」と明言は避けた。
脱ハリルの道を選んだ協会と選手たち。大ばくちが吉と出るか凶と出るか。結果を出さなければ、サムライのお家騒動として歴史に汚点を残すだけだ。
「会見で解任を発表した協会の説明に、納得できた人は少ないのではないか。W杯は短期決戦。いかに初戦にピークを持っていき、相手の急所を突いてグループリーグを突破するかが重要。ハリルホジッチ監督は多くの選手をテストし、本番直前でまとめ上げる手腕で知られる。ここで切ってしまうのは疑問だ。ポジティブな要素は少なく、この説明では新監督が率いる代表を『よし、応援しよう』という気になれない」
「(解任は)遅かった。結果も出ていないし、チームの雰囲気もよくなかったので当然だ。ハリルホジッチ監督は『デュエル』(1対1の争い)を強調していたけど、全然できていなかった。『縦に速い攻撃』もそればかりになっていて、一つになって戦うという日本人のいいところを出せていなかった。代表は勝つのが前提になるが(後任監督には)みんなを喜ばすようなサッカー、応援したくなるようなサッカーをしてもらいたい」
★8年前にもW杯直前解任
これまでW杯出場決定後の監督交代は過去12例あり、そのうち1次リーグを突破したのは1994年米国大会のサウジアラビアの1例のみ。W杯イヤーに入ってからの交代劇は5例で、いずれも1次リーグで敗退した。98年の南アフリカとイラン、2002年と10年のナイジェリア、10年のコートジボワールがこれに該当。当時のコートジボワールを指揮していたのはハリルホジッチ監督で、10年2月に契約を解除。今回で2度目の大会直前での解任となった。
★サッカー・日本代表監督 過去の主な途中解任
◆パウロ・ロベルト・ファルカン 1994年5月から同年10月まで指揮。多くの若手選手を起用して広島アジア大会に臨んだが、準々決勝で韓国に敗れ、その後に解任。国際Aマッチ通算成績は9試合3勝4分け2敗。
◆加茂周 95年1月から97年10月まで指揮。前任のファルカン監督時代に「コミュニケーション不足」が問題になったことから、実績のある日本人監督として選ばれた。98年フランスW杯最終予選の成績不振を理由に、97年10月の敵地でのカザフスタン戦に引き分けた後、現地で更迭。国際Aマッチ通算成績は46試合23勝10分け13敗。
◆ハビエル・アギーレ 2014年9月から15年1月まで指揮。ブラジルW杯で惨敗したことから、財政難のクラブを1部残留させるなど、厳しい状況から堅守速攻をベースにチームを立て直す手腕を期待されて就任。しかし、11年に指揮していたスペインリーグ・サラゴサの八百長に関与した疑いで同国検察当局が告発。それにより15年2月に解任が発表された。国際Aマッチ通算成績は10試合7勝1分け2敗。
★日本代表・ベルギー遠征VTR
◆マリ戦(3月23日) 国際親善試合として対戦。先発から新戦力を起用したが、MF大島が負傷交代するなど誤算続き。試合は後半ロスタイムにFW中島の得点で追いつき1-1で引き分けた。
◆ウクライナ戦(同27日) キリンチャレンジ杯として対戦。0-1で迎えた前半41分、MF柴崎のFKをDF槙野が頭で合わせてゴール。しかし後半に追加点を許し、1-2で敗戦。6カ月ぶりに先発したFW本田にも見せ場はなく、W杯本番へ不安の残る遠征となった。
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