■6月17日
私事で恐縮ながら、胃がんで入院していた74歳の父が病院で臨終を迎えたときのことを忘れられない。酸素マスクをつけた病床の父の呼吸が、見る間に弱々しくなっていった。かたわらの母は泣きながら父にすがりついたが、私はおろおろと立ち尽くしたまま。「頑張れ!」と声をかけようにも声が出ない。
急変に驚くばかりで、父の手を握ることさえできなかった。せめて、顔や手をさすってあげることはできなかったのか。父は家族に看取られ幸せだったかもしれないが、あのときのことを思うたび少なからず悔やまれる。そんな体験をふと思い出したのは、肺腺がんのため81歳で死去した女優、野際陽子さんの臨終の様子を知ったからだ。
野際さんは13日、入院する東京都内の病院で一人娘の女優、真瀬(まなせ)樹里(42)や事務所スタッフに看取られた。真瀬が報道各社に送った文書によると、「抱きしめる私の腕の中で天国へ旅立ちました」。眠るような穏やかな最期だったという。誰も自分がどんな最期を迎えるか予測できないが、愛する人に抱かれて…とは、なんと幸せなことだろう。
真瀬は野際さんと離婚した父で俳優、千葉真一の2人の背中を追いかけ、20代で夢だった女優になった。野際さんはそんな娘について「女優の仕事は一生、就職活動をしているようなもの。つい口をはさみたくなる」と語っており、厳しく指導することもあったようだ。
母と娘ならではの葛藤もあっただろう。それでも最後に母を抱きしめた真瀬は、立派な親孝行をしたと言えるのではないか。願わくば、次の親孝行は「さすがは野際さんの娘」と話題になるような強烈な存在感を見せてほしいものだ。 (森岡真一郎)
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