(セ・パ交流戦、ロッテ8-1阪神、3回戦、阪神2勝1敗、1日、ゾゾマリン)唐川はさすがにZOZOマリンの風を知りつくしている。だから、一回に、高山にストレートをいきなりガツンと本塁打を浴びてからは、持ち球のスローカーブを駆使した。
それに比べてメッセンジャーは4年ぶりの千葉の潮風マウンドでの登板だからいささかムキになってばかりいた。それに一回裏の高山のちょっとフワフワした守備が鈴木の逆転二塁打になり、こちらもフワフワしてた。
それもあっていきなり編集委員上田雅昭のややニヒルな声が飛び込んできた。
「この千葉の記者席は昔と違って、いまはスタンドのてっぺんにあるんや。これが風がグルグルまわって、おまけに潮風がモロに吹くから…気がつくと顔や頭がベトつくんや。まずこれを克服せんとアカンのや…」
別に大阪の編集局は空調がきいてサラサラしているけれど、会社の金で幕張メッセあたりを旅行できるんだから文句を言うんじゃねぇョ! と言ったら「それでもそっちはベトつかんやろう?」と上田は抜かした。人間の幸せの基準はいろいろであります。
しかし…確かに途中から試合はベタついて不快指数がうなぎのぼりでございました。アハハッ今のロッテなら3連勝は軽い軽い…と思っていた俺が不勉強だった。
仙台では則本が巨人相手に7試合連続2桁奪三振と野茂英雄の記録を破った。滋賀県出身なんだよなぁ則本って。
22年前の1995年4月21日に当時オリックスの野田浩司投手がこの千葉マリン(当時)でロッテ打線に対してなんと『19奪三振』の日本記録をやってのけた。野田はこの時、強風で「東京湾からの風がグルグル回っていたからタテの変化で徹底して勝負しました」といっていた。阪神からトレードでオリックスに…そして、あのイチローでさえこの球場の守備ではハラハラドキドキだったという風のイタズラのなかで野田は九回に1点を失い延長戦…ここで降板してチームは延長十回にサヨナラ負けした。
「悔しい!自分が悪い…」と試合後、快記録は残ったもののノーコメントを通した。しかし、これもキッカケになってオリックスは仰木マジックが冴えにさえ涙の『頑張ろう神戸』は実を結んだのである。
だが…メッセの誤算は序盤に野田のようなタテの変化があまりにも決まらなかったことだ。唐川は逆にタテのスローカーブを楽しそうに投げ、それに阪神打線はクルクルと空振りを繰り返して…金本阪神自慢の糸井、福留コンビはまんまと術中にはまった。メッセンジャーは7回135球で力尽きた。
「そやから言うたやろ。この天空の記者席では心までベトベトになるんやって…ま、こんなこともある。まだ貯金は9もあるんやデ」と上田は言う。このところダイエットのために菜食主義でがんばる西垣戸理大は宿舎の深夜食堂で必死に悪魔の誘惑と戦い続けているが終盤もダーダーになってしまった試合に電話口でこうつぶやいてきた。
「今夜は悪魔の誘惑に負けますョ! 僕は」