2006.02.12 更新
加藤、岡崎ら笑顔で行進−トリノ五輪開会式
【トリノ10日共同】雪と氷のスポーツの祭典、第20回冬季オリンピック・トリノ大会は10日夜(日本時間11日早朝)の開会式で幕を開けた。イタリアでは1956年の第7回コルティナダンペッツォ大会以来、半世紀ぶりの冬季五輪。2002年ソルトレークシティー大会の77を上回る冬季五輪史上最多の80カ国・地域が参加した。
開会式はトリノ市内のコムナーレ競技場に約3万5000人の観衆を集めて行われた。「情熱のスパーク」をテーマに、イタリアの歴史や文化を織り交ぜながら、スピード感あふれる演出で盛り上げた。国際オリンピック委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長が「世界は平和、寛容さ、きょうだい愛を必要としており、五輪の価値はそれらをもたらすことができる」とあいさつ。故ジョン・レノンさんの妻オノ・ヨーコさんが名曲「イマジン」の歌詞を引用しながら平和の尊さを訴えた。
日本は海外の冬季五輪で最多となる238人の選手団(選手112人)が参加し、32番目に入場。スピードスケートでメダルの期待がかかる選手団主将の岡崎朋美(富士急)、旗手の加藤条治(日本電産サンキョー)らが笑顔で行進。韓国と、2大会ぶり出場の北朝鮮は冬季五輪では初めて合同行進した。
チャンピ大統領の開会宣言、イタリアのアルペンスキー男子選手ジョルジョ・ロッカが選手宣誓し、聖火は冬季五輪女子史上最多タイのメダル10個を獲得したスキー距離の名選手、ステファーニア・ベルモンドさんの手で聖火台に点火された。五輪旗が女優やノーベル賞受賞者、五輪金メダリストら8人の女性によって運ばれるなど、スポーツでの女性の機会拡大を目指すIOCの方針を反映した演出も目立った。
競技は11日午前(日本同日夜)から始まり、26日まで7競技84種目が行われる。
◆加藤条治・日本選手団旗手(スピードスケート男子)の話 行進しながらスタンドを見上げ、見たことがない風景だったので少しびっくりしたが、すぐに喜びが込み上げてきた。競技では気持ちを切り替え、やるべきことをしっかりやって、いい結果につながればいい。
◆岡崎朋美・日本選手団主将(スピードスケート女子)の話 風邪で少し心配したけど、入場行進は大歓声を全身に感じて元気が出た。パワーをもらった。あとは自分の仕事に集中してしっかりできる。
スタンドに手を振る日本選手団旗手の加藤条治選手=10日夜、コムナーレ競技場(共同)
★新世代の旗手、加藤条治−重圧無縁、笑顔で行進
少年の面影を残す無邪気な笑顔を振りまきながら、日の丸を掲げて日本選手団の先頭を歩いた。スピードスケート男子500メートルの世界記録保持者として金メダルを期待される加藤条治(21)=日本電産サンキョー=。初出場ながら、緊張感をみせず「スタンドを見上げると、見たことのない風景だった。喜びが込み上げてきた」と旗手の大役を満喫した。
31歳の清水宏保(NEC)や37歳となったスキー・ジャンプの原田雅彦(雪印)ら、8年前の長野五輪の中心選手が今も第1線に踏みとどまる中、加藤は次代を担う??トリノ世代?≠フ代表だ。山形中央高の3年生だった、ソルトレークシティー五輪の翌シーズンに彗星(すいせい)のごとく世界にデビュー。4シーズンで、長野の金メダリスト、清水を追い抜き、日本がお家芸としてきた種目の看板選手に成長した。
昨年3月の世界距離別選手権を制して初の五輪切符を手にして以来、期待と注目を浴びてきた。今季序盤に世界新記録を出してからは優勝候補筆頭に挙げられた。プレッシャーに縛られても不思議ではない。過去、何人ものメダル候補が五輪の重圧に押しつぶされてきた。だが、加藤に重圧は無縁かもしれない。なにしろ、五輪にあこがれたことがないというのだ。
「長野五輪の時は中学校1年生か2年生だったと思うけど、ニュースで見て??清水って人が勝ったのか?≠ニいう感じだった。ソルトレークシティーも朝起きてニュースで見た程度。出たいというより、最終的には出るんじゃないかと、根拠もなく思っていた」
傍観者でいられた過去とは立場が違う。だが今も基本的なスタンスは変わらない。「金メダルに届けば最高だけど、トリノは楽しんで滑ることが1番大事。オリンピックはあと2、3回出る予定なんで」と、あっけらかんとしている。
あるのは、自分が最も得意とする分野で名を成したいという純粋な欲求だけ。その舞台が13日に迫った。「スピードスケートは勝った者しか注目されない」が持論で、「知名度はまだ、清水さんが上。でも、そろそろ日本の第1人者と言われるようになりたい」。野望を胸に、最高のパフォーマンスを脳裏に描く。
笑顔で開会式の入場行進をする岡崎朋美選手=10日夜、コムナーレ競技場(共同)
★風邪吹き飛ばす行進−「元気が出た」と岡崎
日本選手団主将の岡崎朋美(富士急)の開会式出席はかなりの冒険だった。数日前からのどがかれ、微熱が続いていた。4日後に勝負のレースがあることを考えれば、欠席しても文句は言われまい。だが、迷った末に出ることにした。責任感の強い、スピードスケート女子五500メートルのメダル候補らしい決断だった。
襟巻きをして、トリノの夜の寒さを感じさせない笑顔で入場行進。2003年の青森冬季アジア大会で旗手を務めているが、五輪では4度目の出場にして初めての大役。尊敬する富士急の先輩、橋本聖子(現参院議員)が1994年リレハンメル大会で務めて以来、女子では夏を含めても2人目の五輪主将だ。
体調を崩したのは予定外だったが、本当は旗手をやりたかったという。理由は明快。「1番、目立てるから」。希望はかなわなかったが「入場行進では大歓声を全身に感じて元気が出た。風邪で少し心配したけど、よかった」と華やかなセレモニーを満喫したようだ。
1998年長野五輪で銅メダルに輝き「朋美スマイル」と形容される笑顔で、スケート界のアイドルになった。その岡崎も34歳。今大会のスピードスケート女子では最年長だ。
だが、競技への情熱は衰える気配はない。「トリノを集大成にしたいけど(4年後の)バンクーバーに出てもいい」。ベテランの4度目の晴れ舞台が幕を開けた。
★名字違っても支え合う−成田、今井の兄妹
スノーボード・ハーフパイプの成田童夢(キスマーク)と今井メロ(ロシニョール・ディナスターク)。名字が違っても、兄妹であることに変わりない。2人は初めての五輪開会式の舞台を満喫した。成田は日の丸の小旗を振りながら、笑顔で行進した。
父親の厳しい指導で幼いころから、スノーボードや水上で行うウエークボードで大活躍。「成田兄妹」として、メディアにはいつも一緒に取り上げられてきた。
変化は昨年5月。所属クラブの監督を務める父親と、指導法などで対立していた童夢が突然家を出た。妹も以前から不満を持っていた。兄の後を追うように7月に自宅を飛び出すと、実母の姓を名乗り始めた。
ゴタゴタの間も、電子メールなどで連絡を取り合った。今も試合前の練習などで、お互いの演技についてアドバイスしている。童夢が「名前が変わっても兄妹は兄妹」と言えば、メロは「けんかもするけど、それもあり。支え合っていく」。
1998年長野五輪は一緒にハーフパイプの前座で滑った。小さかった2人がたくましく成長した。あれから8年。メダルを狙う日本代表として祭典に戻ってきた。

